名前のない花なんて、どこにもないから

自分の人生を、そしてビジネス・シーンを自由に駆け回っていくための、「こころ」と「あたま」と「おかね」の使い方。そんなお話でもして、カッコつけてみようかと。

諦めるということ

intro:

 
「いつか髪の毛フサフサになって、颯爽と前髪をかき上げてやるんだ!」

私には、そんな壮大な夢があります。
かれこれ10年以上は経つでしょうか。

しかし、一向にその気配は訪れません。
というより、抜ける一方。

でも、私は決して諦めませんよ。
だって、「諦めなければ、夢はいつか叶う」って言うじゃないですか。

諦めなければ、きっと私はフサフサ君になれるんです!

そんな悲しい目で私を見たって、私は決して諦めませんぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

ここ数年、当たり前の様に見かける言葉に

「諦めなければ、いつか夢は叶う」

といった感じのものがあります。

確かに途中でリタイアしてしまえば、ゴールにたどり着くことはありません。
であれば、途中で諦めてしまうという行為は、自分で自分の可能性を放棄してしまうことなのかもしれません。

でもじゃあ、諦めなければ本当に夢は叶うんでしょうか?

世界チャンピオンを目指してボクシングを始めた人達は、諦めなければ1人残らず世界チャンピオンになれたとでも言うんでしょうか?

もちろんそんなことはありません。
諦めなかったからといって、夢を掴めるわけじゃないのが現実です。

 

人は、ポジティブな結果だけに目をやって、ネガティブな結果には目を伏せようとする傾向があります。

シュリーマン(トロイの遺跡を発見した人)の様に諦めなかったおかげで成功した人の例ばかりを見て、それだけが真実だと思いたがります。

しかし、留学支援会社ゲートウェイ21の破綻の様に、適切な場面で諦めなかったせいで被害を増大させた例だって、腐るほどあるんですよ。(参考:「踏み出せば戻れない」)

そして残念なことに、人間というものは「プロスペクト理論」と呼ばれる呪縛から、簡単には逃れられません。
チャンスを掴んで手にしたモノよりも、諦められなかったことで失うモノのの方が大きくなってしまうんです。

 

ゴールを諦めず無理したおかげで、もう2度と試合に臨むことが出来ない身体になってしまうことだってあります。
しかし、途中で諦めたことによって、次の試合に挑むチャンスを手にすることは出来るのです。

ですから、人生は諦めが肝心。

昔から、そう言われているんですよ。
諦めるというのは、物凄く大事なことなんです。

 

「諦める」ということは、「明らかに見極める」ということ。

そんな風に言われます。
進むべきか退くべきかを、自分の状況から判断して見極めることが、諦めることです。

達成することで得ることの出来る量は?
自分が抱えることのできるリスクの量は?
そして、その覚悟は?
やりたいことをやっている充実感は?
自分にとっての優先順位は?

それらを見極めずに止めてしまったら、それは自らチャンスを捨てたことになるかもしれません。
しかし見極めずに止めもしないのは、ただ往生際が悪いだけかもしれません。

諦めることと諦めないことの見極めが大切なんです。

 

いいですかい?
勘違いしてはいけません。

諦めることが悪いのではありません。
諦めないことが悪いのでもありません。

また、見極めたつもりでいて、結果としてその判断が誤っていたことが悪いわけでもありません。

そうではなく、自分自身と向き合おうともしないくせに、ポジティブに振舞ったりネガティブになったりして、諦めたり諦めなかったりすること・・・

それこそが、アナタを目的地から遠ざけてしまっている大きな原因なんです。

諦めるということは、アナタ自身が本気になるということです。

ps:

自己啓発業者さんの売り文句ではなく、ホントの意味での諦めないという生き方に触れてみたい方は、前回書いた記事にある「アンヴィル!~夢を諦めきれない男たち~」というドキュメンタリー映画をご覧ください。

バンドをやっていたことのある私は恥ずかしながら、この映画のラストで思いっきり泣いちゃいましたぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 10:25 | コメント・トラックバック(0)

「ANVIL」 アンヴィル!~夢を諦めきれない男たち~

1980年代と言えば、ヘヴィメタルの全盛期。
そして1984年、日本においては巨大ヘヴィメタル・フェスティバル「スーパー・ロック ‘84 イン・ジャパン」が開催されました。

海外から参加したバンドは、ボン・ジョヴィ、ホワイトスネイク、マイケル・シェンカー・グループ、スコーピオンズなど、ミリオン・ヒットを叩き出す錚錚(そうそう)たる顔ぶれ。
特にボン・ジョヴィはこの時のライヴが人気の足がかりになったとも言われています。

ところが、このフェスティバルの参加者で唯一(?)、鳴かず飛ばずで終わってしまったバンドがありました。

そのバンド名は、「アンヴィル」。

でも、終わってなかったんですねぇ。
あれから25年以上も経っているのに、彼らはずっとBIGになる夢を諦めずにヘヴィメタルを続けていました。

そしてこの映画「ANVIL アンヴィル!~夢を諦めきれない男たち~」(公式サイト)は、そんな50代の彼らを追いかけたドキュメンタリー映画です。

 

 

15歳の頃にリップスとロブは、ビッグになることを夢見てヘヴィメタルバンド「アンヴィル」を結成。
名前が少し売れたのは、ヘヴィメタル全盛だった20代の頃に一瞬だけ。

音楽では食っていけないので、リップスは給食の配達員、ロブは建設作業員をしながら、未だにロック・スターになるためにバンド活動を続けています。

そして彼らはもう、50代になってしまいました・・・

「夢は諦めなければ叶う」みたいなことを、容易く言ってしまう時代です。
「リスクは重々承知。でも、やりたいことをやり続ける」というのも、カッコ良さ気な響きを持っています。

しかし、そんな生き方の実際は、苦難に満ちた人生です。
だからこの映画を観ると、そんな上っ面だけの言葉が本当に薄っぺらく感じます。

だって、ここにあるお話には、夢を諦めきれずに時を刻んできた男達の友情と苦悩と喜びが刻まれていますから。

チャンスを掴むためにヨーロッパにツアーに出かけても、泊まる宿もなくベンチや床で睡眠をとったり、演奏しに行ったライブハウスではギャラが支払われなかったり・・・
ライブで沢山の人を集められるわけでもなく、どのレコード会社だって相手にはしてくれない・・・

これ、10代、20代の若い頃の話じゃないですよ。
そんな時代の話なら、良い思い出や経験のはずです。

しかし、20年30年と下積みを重ね続けていき、50歳というオジサンになった今でもこの有様であれば耐え難くなるものですよ、普通は。
歳を重ねるごとに、絶望に近い不安は募っていくものです。

でもね、やり続けたことによって喜びを感じられる時間がほんの一瞬でもあるということも真実です。

このドキュメンタリー映画のラスト、私は思わず号泣してしまいました。

 

アンヴィル!~夢を諦めきれない男たち~ [DVD]

B0035NO83O
SMJ(SME)(D) 2010-04-14
売り上げランキング : 2635
おすすめ平均 star

Amazonで詳しく見る by G-Tools

post by ノリユキ at 10:18 | コメント・トラックバック(0)

受け入れるということ

intro:

ここ2回ほど、「強くなること」についてお話してきました。

しかし、だからと言って、「強くならなくちゃいけない」ということはありません。
強くなることが全てではありませんから。

弱くたっていいじゃありませんか。

私の毛根なんて、弱い弱い。
弱過ぎも良いところです。

そして、そんな弱すぎる毛根から逃れられない私の心は、疲れきっています。

誰か、慰めて!

ま、ホントに慰められたら、ちょっと照れちゃうんですけどね。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

今いる場所に問題がある、不満がある。

そんな時、人がとる選択肢はいくつかあります。

例えば、今いる場所を改善する。
もしくは、今以上の場所(目的地)を目指す。

この2つは、現状に満足せずにより高みを目指すという選択です。

しかし、それは戦いです。

現状と戦わなければいけません。
その選択をした以上、人は強くならなければいけません。

でも、選択肢は他にもあるはずです。

そう、それは戦わないという選択肢。
現状を受け入れるということです。

現状に問題はある、不満はある。
しかし、それらを受け入れて、今いる場所に現状のまま留まる。
そんな選択です。

 

ただ、現状を受け入れるということは、不満と欲望を制御するということに他なりません。 

そしてそれは、多くを求めず望まない、という選択です。
今の痛みを受け入れ、現状に転がる小さな幸せを拾い集めることで満足しなくてはいけません。

そしてこれが、結構難しい。

私達は、この資本主義社会にどっぷりと首まで浸かってしまっています。

常にどこかで他者と比較し比較され、より新しいもの、より良きものを、自然と求め続けます。
他者より劣れば、必ずどこかで自分を嘲笑う声が聞こえてきます。

常にどこかで消費を煽られ、「より安く」とは思っても、買わない使わないという感覚は乏しくなっています。
そして、消費をしなければ経済は萎んでいくという悲喜劇の舞台から降りることは出来ません。

ですから、欲望をコントロールし、多くを求めないという選択をすることは、非常に難しいんです。

専門的な話は端折りますが、資本主義社会というのは、望む望まないにかかわらず、上を目指すことで成立するシステムです。
なので事あるごとに、進化や進歩、チャレンジや変化を求められます。

しかし、このシステムも万能ではありませんし、そもそも資本主義社会以前の人間の暮らしは、そんな変化を求めない生活と共にありました。

なので、上を目指していくのが当然視されるこの社会の中では、必ずどこかで何かが疲弊していきます。

もちろん、どんなに傷ついても疲れていても、上を目指したい、目標を達成したいという人だっているわけです。
そして、それはそれで素晴らしいことです。

でも人間、そんな人ばっかりじゃない。

ですから、変わらなくても良いし現状を受け入れる選択肢だってあることを、私達は自覚する必要があります。

そして、

「変わらなくても良いんだよ」

そんな言葉を、大切な自分自身と隣人たちに向けて言ってあげられる優しさも、乾いた心には必要です。

ps:

ただ、この現代社会で「求めずに受け入れる」ということは、上を目指すために必要な「強さ」とはまた別の強さが必要なのかもしれません。

私達は、未だ欲望のパラドックスから逃れられないということなのでしょうか?

ま、私の場合は「ハゲは嫌だ。でも、フサフサだとネタがなくなる」というパラドックスに陥りっ放しですけどね。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 18:32 | コメント・トラックバック(0)

負け犬の法則

intro:

「昨日出来なかったことが、今日には出来るように」

そうやって今の自分を乗り越えていこうとする行為が、「強くなる」ということ・・・

そんなお話を前回しました。

しかし、

「昨日生えていなかった髪の毛が、今日には生えてきますように」

そう強く望んでいる私ですが、一向に髪の毛が増える気配がありません。

やっぱ、祈ってるだけじゃダメなんですかね。
育毛剤を塗るとかマッサージをするとかしないとダメなんですかね。

えー、でも面倒臭いもん。
やりたくねー。

今、気がつきましたが、私って強くなるための努力を全くしていません。
だから毛根は、こんなに弱り果ててるのか。

で、そんな私が身の程知らずに、今日も強さと弱さについて、お話しちゃいますぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

ビジネスであれスポーツであれ受験であれ、競争の中で勝ち残るためには、強くなる必要があります。
勝つために、自分自身の能力を高めていくことは、最優先課題です。

まあ、当たり前の話です。

でも、大人になってしまうと多くの人は、そんな当たり前のことが出来なくなってしまうみたいです。

弱いまま、他人に勝つことを望むんですよ。
強くなろうともせずに、他人に勝とうとします。

 

大人になると知恵がつきますから、走り出す前に、まずは転ばずに近道をするための準備を始めます。

もちろん、準備をすることは大切です。
が、多くの人は楽なことや手をつけやすいことを先にやってしまい、面倒なこと大変なことを後回しにしてしまいます。

知識や対策、ツールやその効果的な使い方ばかりに目がいく様になるんです。
○○ノウハウだの、△△の使い方だの、市場の動向や対策だの、成功法則だの・・・

そして、実際の行動、つまり自分が強くなるためにする日々の作業は後回しになります。

つまり、「準備→実行」という流れのつもりが、「手をつけやすいこと→大変なこと」という流れに摩り替わっていくわけです。

あ、気がつきましたか?
この優先順位のつけ方って、時間管理術とかでも良く言われる話です。
仕事が上手くいかない人の典型は、常にこのパターンでモノゴトを進めようとします。

でも、強くなろうとすることが後回しなら、まだ良い方です。
現実は「準備に熱心」どころか、それが「弱いままに成功を手に入れるノウハウやツール探し」に摩り替わってしまいます。

そして、

今の自分に出来ることを探して、それで他者よりも上回ろうとする。
今の自分が持ち合わせているものだけで、他人よりも豊かになろうとする。

そんな風に、今の自分を越えようとせずに上を望むことになります。

最近の起業なんて特にその傾向が強く、「コレなら自分にも出来そう」という基準で起業しようとするケースが後を絶ちません。

そのジャンルにおいて優位性を持ち合わせちゃいないのに、「自分にも出来そうだから」という理由で、勝負の世界で勝ち残ろうとするんです。
優位性を獲得するために寝食惜しんで働くとか、何年かかっても良いからその域に達するまで修行するとか、そんな気概などは全くなしです。

しかし、世の中がそんなに甘いものじゃないことは、小学生だって知っているはずです。
なのになぜ、多くの大人たちが、その滑稽さに気づかないんでしょう?

 

強くなろうともしないくせに、他人に勝とうとし、他人よりも豊かになることを望む。

それって要するに、戦う前から負けてるんですよ。
自分自身に負けてます。

自分自身に負けてる人間が、一体誰に勝つつもりでいるんでしょうか?

もちろん、弱くたって勝つことはありますよ。
しかし、弱い人間の勝ち方なんて、いつだって一緒です。

想像してみてください。
強くなろうとしないボクサー、苦しい練習なんてしないボクサーが、対戦相手に勝とうと思ったら、どんな手段を用いるかを。

具体的に答えるまでもないでしょう。

弱い人間の勝ち方とは、いつだって「セコイ」か「卑怯」かのどっちかです。

 

そしてこれが、負け犬の法則です。

負け犬とは、

強くなろうともしないで、何かを手に入れることを望む人のこと
強くなろうともしないで、他者には勝とうとする人のこと

を言います。

戦う前から自分に負けてるから、負け犬なんですよ。
そして負け犬の勝ち方は、常に卑怯かセコイんです。

これが全ての負け犬に共通する法則です。

 

いいですかい?

今よりも上を目指した時点で、出来ることよりも出来ないことの方が多くなります。

何度となく、苦い思いをかみ締めることがあるでしょう。
惨めな思いをすることだってあるでしょう。

でも、それは当たり前のことなんですよ。

今よりも上を目指してるんですから。
強くなろうとしてるんですから。

モノゴトが上手くいかないのは、上を目指せば当然のことなんです。
出来なくて当たり前。

ですから、百万人がアナタのことを嘲笑おうが、クヨクヨする必要など、どこにもありません。

ps:

問題なのは、出来ないことや上手く行かないことを、恥ずかしいだとか、苦しいだとか、惨めだとか思って避けて通ろうとすることです。

嫌なら、上なんて目指さなけりゃ良いのにね。
上を目指さないことだって、大切な選択肢のはずです。

ちなみに私のオデコの生え際は、目指してもいないのに、頭部のテッペン目指して猛進中の様ですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 14:58 | コメント・トラックバック(0)

このブログ、ちょっと手を加えている最中

只今、さりげなくこのブログをリニューアルしてる最中です。

とは言っても、大幅な変更はなし。
indexページのトップ画像とリンク先を変更、サイドバーに昔書いた「人生なんて、しょせん下書き」と「お店の営業は6つのキーワードで組み立てよう!」のバナーを作って貼った程度かな。

でも、そうするだけでブログの印象が大分変わった様な。
結構にぎやかな感じ。

あと、プロフィールとかFAQとかのページも多少手を加えてます。
コンテンツページは、もうちょっと増やすつもり。

そうそう、今更ながらTwitterのウィジットをサイドバーに設置しときました。
Twitter関連のWordPressプラグインは結構あるんですけど、面倒くさいのでTwitter公式ウィジットを使いました。

ま、急ぎでもないのでテキトーにいじってる程度です。
なんで、いつ頃終了するのかは未定です。

post by ノリユキ at 13:28 | コメント・トラックバック(0)