
自分の人生を、そしてビジネス・シーンを自由に駆け回っていくための、「こころ」と「あたま」と「おかね」の使い方。そんなお話でもしようかと。
2009年6月24日(水) [ ビジネス・おかね ]
intro:
別に私は、気にしてなんかいません。
気にしてなんかいませんが、世間では私のことを「ハゲ」だと思って密かに嘲笑っている人が、少なくないはずです。
世の中って、なんて冷たいんだ。
ちっくしょう・・・
いや、別に気にしてませんが。
ただ私は、先入観を取り払ったうえで、よく目を凝らしてハゲ頭を見て欲しいだけなんです。
ほら、よく見てみて!
この光沢を帯びた質感を!
まるでダイヤモンドの様です。
しかも・・・しかもですよ!
ほら、触ってみて!
この滑らかな触り心地!
凄いでしょっ!
アナタも今すぐ、ダイヤモンドの様な輝きと絹の様に滑らかな感触を手に入れたくなったでしょっ!
「でも、高いんじゃ・・・?」
いいえ、ご安心ください。
今なら、なんと無料です!
しかも、この憧れのヘアスタイルは、誰でも簡単に手に入れることが出来るんです!
自宅の鏡の前で、指先を使って軽くむしってみるだけで、ほら!
思い通りのハゲ頭にスタイリングできてしまいます!
どうか、この機会をお見逃しなく!
main:
誰に向かって、何を言うか?
これが大切だと言う話は、今までに何度かしています。
で、誰かに向かって何かを語ると、そこにはストーリーが生まれます。
ある意味ビジネスとは、この“物語”という糸を紡ぎ続けることなのかもしれません。
私は今、とても格好良いこと言ってる様です。
でも、ここで注意しなくちゃいけないことがあります。
それは、その物語を自分の感情にまかせて創り上げてしまうという過ちです。
ビジネスという物語は、他者に読み聞かせるために存在します。
自分が語って満足するために、物語が存在するわけではありません。
ですから物語とは、ビジネスのコンセプトによって創り上げられるべきものです。
そこに、個人的な感情を差し挟んでしまえば、物語は駄作となるばかりか、存在する意味すら失ってしまいます。
例えば、TBSドラマの「水戸黄門」。
あれって、いつも代官や越後屋なんかが悪者で、水戸の御老公一行は常に正義の味方です。
じゃあ、あのドラマを書いてる人って、個人的に代官とか越後屋と名の付くお店が嫌いなんでしょうか?
彼らを憎み、彼らを世間の晒し者にするために、あの様な物語を書いたんでしょうか?
そうかもしれません。
でも、本筋から言えば、違うはずです。
物語には設定があって、それによって登場人物に役割が与えられています。
自分の感情が満たされることが目的で、物語が生まれるわけではありません。
逆に、
「俺、黄門様は好きじゃないけど、うっかり八兵衛は好きだから、悪代官に黄門様は殺されちゃうことにして、次回からは八兵衛を主役にしちゃおう」
とか始めちゃったら、もうそれは「水戸黄門」ではありません。
物語は、個人的な感情ではなく、コンセプトによって創られていかなくちゃいかないわけです。
ところが、多くの人にはこれが出来ない。
自分の個人的な感情を優先させ、自分のやっている商売のコンセプトを台無しにしてしまいがちになります。
好き嫌いで物語を創り上げようとしてしまうんです。
気がつけば、うっかり八兵衛が主役になって、印籠を振りかざしています。
う~ん・・・これ、実に最悪なことです。
だって良く考えてみてください。
自分の個人的な感情で、コンセプトから外れた物語を語り出す・・・
それってつまり、自分がやってるビジネスのコンセプト自体が気に入らないということです。
じゃあ、自分が気に入らないものを売ろうとして、一体誰が買ってくれるっていうんですかね?
むしろ、買ってしまった人は悲劇です。
いいですかい?
確かに、自分の気持ちとか感情は大切にすべきです。
ですが、感情論に振り回されて表面ばかりを取りつくって見ても、別に幸せになんかなれません。
コンセプトからはずれて、好きなことを好きな様にやりたいのであれば、それをわざわざビジネスとしてやる必要はありません。
趣味やボランティアでやれば良いだけです。
ビジネスという物語を紡ぎだすのは、感情論ではなく、コンセプトです。
自分の寄って立つところは、目的と方針だと心得ましょう。
ps:
私が言っているのは、感情を大切にするなということではなく、感情論に振り回されるな、ということです。
例えば、私がハゲでクヨクヨするのは、全く問題ではありませんし、人としてある意味正常です。
しかし、私がハゲであることで生じる感情を起因として、
いかにハゲが素晴らしいか
いかにフサフサはダメであるか
を延々と語り、それを指針に行動しても、何も始まらないばかりか、単にバカげているだけです。
今日は、そういう話をしてみました。
でも、どうです?
アナタも、ダイヤモンドの様な輝きを手に入れてみたくありませんか?
今なら、無料!
しかも、自宅の鏡の前で、指先を使って軽くむしってみるだけで・・・
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
post by ノリユキ at 10:30 | コメント・トラックバック(0)
2009年6月20日(土) [ ワタクシゴト ]
髪の毛、切ってきました。3mmの丸坊主頭ですが、最近こればっか。
どこまでがハゲ部分で、どこからが髪の毛か、写真の上では識別不能です。

なぜ、おちょぼ口で写ってるのかは、現在調査中です。
post by ノリユキ at 16:01 | コメント・トラックバック(0)
2009年6月10日(水) [ にんげん・こころ ]
intro:
これは祈りなのでしょうか、それとも叫びなのでしょうか?
「ねぇ神様、私にベンツを買って。友達はみんな、ポルシェなの」
そんな彼女の声に反応するかの様に私は、マグカップを手に取ると、コーヒーの香りを楽しむ仕草をしてみせます。
まるで、冷静さを装うかのように。
そして、未だ見ぬ彼女に向かって、こう呟きます。
「なあ、ジャニス。君はまだ、孤独のままかい?」
そして私は、ジャニスに代わって祈りをささげます。
「ねぇ神様、私に髪の毛をちょうだい。友達はみんな、フサフサなの」
溜息交じりの向こう側で、作り笑いだけが妙に寂しく感じられます。
でも、なぜだろう?
私がカーテンの隙間から覗く夜空に目配せすると、
「ほんの少しだけだけど、まだ希望が残ってるんじゃない?」
そうジャニスが耳元で呟いてくれた気がします。
今夜、ジャニスの歌声と、そして「希望」という名のほんの少しだけ残った私の髪の毛に、どうか祝福を。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
私が生まれた次の年、1人の女性がドラッグにまみれたまま遠い向こうの世界へと逝ってしまいました。
彼女の名前は、Janis Joplin(ジャニス・ジョプリン)。
職業は、シンガー。
ジャニスは学生の頃から、周りからずっと疎外されていたそうです。
嫌われ、無視され、「この学校で最も醜い女」の称号まで与えられました。
彼女はシンガーとして名声を得た後、久しぶりに同窓会に出席するために、故郷へと帰ります。
そう、今までに自分を見下してきたやつらを見返すために。
しかし、何も変わりませんでした。
錦を飾るはずだった故郷は、彼女を昔と同じ様に扱っただけです。
「私は、自分の足りないところを埋めるために歌っている」
そう語ったジャニスは、「Mercedes Benz」の中で、こう歌います。
「ねぇ神様、私にベンツを買って。だって友達はみんな、ポルシェなの」
なあ、ジャニス。
ポルシェに乗るような友達が、君にはどれくらいいたんだい?
神様に向かってワガママを言ってるくせに、それでも精一杯背伸びをしている彼女の姿が、愛しく感じられます。
才能とは、他人に比べて突出した部分のことではなく、
自分に欠けた部分、
自分に足りない部分、
それを埋めようとするチカラのこと。
そんなことを、誰かが言っていました。
自分の足りない部分・・・
それは弱さだったり、ズルさだったり、
ルックスが悪かったり、身体に病気や障害を抱えていたり、
空気が読めなかったり、気が利かなかったり、
人それぞれでしょう。
そして、満たされることと、満たされないこと。
そのどちらが幸せなのかと聞かれても、私にはわかりません。
でも、自分の足りない部分をいつまでも誤魔化して生きていれば、いつだって悪いのは自分以外の何かになってしまいます。
上手くいかないのは、いつも誰かのせいで、何かのせい。
そして、そこからは何も生まれません。
キレイゴトの海の底に深く深く沈んでしまうだけです。
だから、そんな自分を丸裸にしてみることって大切です。
自分の弱さ、足りないもの、欠けたもの。
そんな部分に向き合ってみる。
苦しくとも、そこからでしか何かは生まれてきませんし、前に進むこともできません。
ps:
先日、ポール・ポッツ氏が来日しました。
そして一昨日は、辻井伸行氏がヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで、日本人初の優勝を飾りました。
決して恵まれていたとは言えない彼らの歌声や演奏を耳にして、ふとジャニスのことを思い出しました。
足りないものを埋めようとすること。
しかしそれは、髪の毛の足りない私の毛穴には油脂がたっぷり詰まってるんじゃないかと疑うこととは、きっと何かが違っているはずです。
よっしゃ、今日もキマった!
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
post by ノリユキ at 16:00 | コメント・トラックバック(1)
2009年6月4日(木) [ ビジネス・おかね ]
intro:
ご存知の方も多いと思いますが、私の生き方というか私自身のコンセプトは、
愛と平和と夢、そしてキラメキ!
です。
あ。今、鼻で笑った人、いますね?
「当たってるのは、オデコのキラメキだけじゃねーかよ」
とか言ってる人、いますね?
だったら、これからの私のコンセプトは、「キラメキ!」だけということで。
ほら。
これなら、文句ないでしょ。
ただ、「妥協した時点で、自分にコンセプトなんてねーだろ」って真実に気がついた人は、内緒にしておいて下さい。
一生のお願いですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
先週に参加者を募集した「ぴよプロジェクト」ですが、早くも滑り出し順調に進んでいます。
で、やっぱり思うのは、「コンセプトが曖昧」ということです。
もちろん、これって「ぴよプロジェクト」参加者に限ったことじゃありません。
先月末にお会いした飲食店経営者の方も、やはり現実に直面する中で、コンセプトがブレまくっている真っ最中でした。
今までたくさんの経営者にお会いしてきましたし、企画立案の現場にも同席していますが、ほとんどの人がコンセプトを持っていません。
もっと正確に言えば、コンセプトはあるんですが、それがコンセプトの体を成していないことに気がついていないんですね。
ですから、色々と考えを進めて実行してみても、結果として何をやりたいのか、何が出来るのかが伝わらない。
伝わらないものは、買わないし、利用しない。
そういうことになります。
誰に向かって、何を言うか?
これってとっても大切です。
雑踏の中で、落し物を見つけたとしましょう。
それが100万円であれば
「大金が落ちてますよ!」
と叫べば、多くの人が振り向きます。
「裸の女性が踊ってますよ!」
と言っても、振り向くでしょう。
でも、
「ボールペンが落ちてますよ!」
と言ったところで、誰も振り向いてはくれません。
振り向いてもらうためには、きちんと落とした人に向かって、わかる言葉、わかる態度で伝えなくちゃいけないんです。
で、やっぱり思うんです。
これも才能かな、って。
ターゲットをきちんと定めようとか、
コンセプトを確立しようとか、
そんなことを言うのは容易い。
それが大切なことだと知っている人も、ゴマンといる。
でも、出来る人は、そうそういない。
局所的には優秀な人はいますが、全体性から見て上手く統一できる人って、ホント少ないんですよ。
オーディオとデスクとソファーのセレクトは優秀でも、部屋全体で見たらチグハグじゃねーか、みたいな。
想像するよりも、ずっと難しい世界です。
だから、これがスッと出来る人って、やっぱり才能じゃないかと。
ビジネスにおいても、自分の生き方においても、センスの良さって、この辺からきてるんじゃないかと。
ただ、自分にはその才能やセンスがないと落ち込む必要はありません。
あると思って実はない人よりも、ずっと有利なはずです。
だってさ。
これって先天的というより、後天的な能力ですから。
今までは、それを養うチャンスがなかっただけ。
つまり、その気になりゃ誰だって出来るってこと。
大切なのは、ただ1つ。
誰に向かって、何を言うか?
そのためにはまず、自分自身を見つめ直す必要があります。
ps:
そういった意味で、今回の「ぴよプロジェクト」参加に手をあげた人は、ラッキーかもしれません。
センスを磨くチャンスを手に入れたわけですから。
はい。
もちろん私は今、猛烈に自分の企画を自画自賛しています。
でも、ビジネスにおいても人生においても、コンセプト作りができて、そのコンセプト通りに行動できてる人って、カッコ良く見えるはずです。
どんなにハゲていても、カッコ良く見えるはずです。
今、さり気なく私のイメージアップを図ってみました。
さり気なさはねーよ、とか言っちゃいけませんぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
post by ノリユキ at 12:46 | コメント・トラックバック(0)
2009年5月29日(金) [ お知らせ | ぴよプロジェクト ]
募集開始するまでは、どうせ申し込むのは2組くらいだろ程度に思ってました。
ゴメンなさい。
募集開始3日目にして、もう許容範囲を超えそうです。
もう、無理・・・
ということで、今すぐにでも締め切りたい気分です。
が、予告なしでってのも何なので、本日中(時計が翌日の午前0時を示すまで)を持ちまして、締め切りとさせて頂きます。
まあ、許せ。
post by ノリユキ at 20:37 | コメント・トラックバック(0)
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