実名でも匿名でも、レビューはアテにならない

intro:

先日、私は休暇を利用して、ノースカロライナ動物園に行ってきました。

経営コンサルタント、動物園に行く(1)
経営コンサルタント、動物園に行く(2)

しかしまあ、動物達って人間と比べて鋭い。
野生の感・・・とでも言うんでしょうかね。

一流のワルで名の通った私が園内を歩くたびに、動物達は恐れおののきます。
アジアゾウなんて、一時パニクって檻から脱走しそうになってました。

ホント、困っちゃいますぜ。 ┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

アマゾンで書籍のレビューを見ていると、ウンザリすることがあります。

1つは、どう考えてもヤラセとしか思えないような“絶賛”レビュー。
初心者向けにしては難しいし読みづらい書籍が「わかりやすい!」とか。
ありふれた内容なのに「目からウロコ!」だとか。

もう1つは、非難したいだけで書かれたとしか思えない、そんな“酷評”レビュー。
内容以前に、著者に対するバッシング。
否定する目的だけに書かれた批評。

両者とも、見るたびにウンザリします。
そして、いずれにしろ両者とも悪意です。

この様な現状を目の当たりにしていると、どうしても他者のレビューを購入の基準にすることが、ためらわれます。

ですから、原則として私はこの手のレビューを信用しません。
せいぜい参考程度。

レビューなんて、せいぜいその程度のシロモノです。

 

そもそも、性格や特性を知らない相手に何かを勧めるのって、結構難しいものなんです。

人はそれぞれ感性が違います。
どれを好んでどれが嫌うのかは、人それぞれなんです。
同じ内容でも、その表現一つで、好き嫌いが生まれます。

人にはそれぞれ知識のレベルが違います。
初心者に上級者向けの書籍を勧めても、「???」です。
逆に上級者に初心者向けの本を薦めても、「知ってることばっか。つまらない」ってなります。

また、同レベルの知識を持ち合わせた者同士でも、その知識には偏りがあります。
その穴を埋めてくれる本は参考になるでしょうし、既に埋まっている人にとって、その本は「つまらない」ってことになるかもしれません。

私が面白いと思ったものを、他人が面白いと思うかどうかは別の話です。
私がクダラナイと思っても、他人にとっては非常にタメになるものかもしれません。

そういう意味で、そもそもレビューを書くことって凄く難しい。
そんな感じです。

 

そんな状況がバックボーンとしてありますから、レビューというのは書く側に、技術が求められます。

けれども、現実的に技術があったとしても、マトモなレビューが書けるのかどうか疑問が残ります。

「斬る」と言って、本当に個別の商品を斬ってみせたレビューなど、見たことがありません。
私だって、絶対しない。
だって、個別に商品を批評したら、いろんな問題が出てくるんですから。

ましてやプロの批評家は、色々なシガラミがありますから、その範囲内でしか斬りませんし、その多くはメーカー側の太鼓持ちです。

きちんと批判できるレビューを書くには、匿名でなければ難しいんです。

 

ところが、先のアマゾンのレビューの様に、匿名には匿名ならではの“嘘”が横行します。
メーカーや仲間内など売り手側の意図的なレビューが無いとも限りません。

だから、匿名のレビューも、信用するには難しい。

結局のところ、他人のレビューなんて参考程度にしかならないわけです。
で、最終的には自分の頭で判断しなければいけない。
そんな感じです。

 

ただし1つ言えることは、そういった批評を

“長いスパンで見ていく”

ということです。

匿名であってもプロの批評であっても、必ずいつかは「事実」に向かって収束していきます。
時間というの流れの中で、様々な評価は正当な評価の辺りで落ち着いていくものなんです。

世の中って、そういう風に出来てます。
バランスが取れるように、社会は動いているんです。

一過性のものは一過性のものとして、絶賛評も酷評も消えてなくなってしまいます。
良いものは良いものとして残り、悪いものは悪いものとして、いずれ烙印が押されるか忘れ去られてしまうんです。

だからね。

色んな批評や色んな視点・・・そんなモノが、一体これからどこに収束していくんだろう?

って、そんな風に先へ先へと考えていくと、見えてこないものだって見えてくることがあるんですぜ。

ps:

そんなこんな言いつつも、私はブログで書評やCDを紹介したりしてます。
これって、どういう意味かわかります?

ある意味、実名だとか匿名だとかに関係なく、レビューしている人の“顔”が重要なんです。

その人のキャラクターが見えている場合、その人のレビューは

「あー、こういう人はこういうモノが好きなんだぁ。」
「あー、この人は、こういう見方をするわけね。」

ってなるんです。
そのレビューが正しいとか、間違っているとかじゃなくてね。

人は、レビューそのものじゃなくて、その背景にある“人”そのものを見ているものなんですぜ。


関連記事

post by ノリユキ at 10:40 | コメント・トラックバック(0)

コメント・トラックバック

トラックバックURL:

コメントRSS

コメントする

ココだけの話ですが、コメントは管理人の承認後に表示されます。
また、コメントに対する管理人からの返答は期待しないで下さい。
ゴメンよ、ハニー!

管理人にのみ公開されます