悪いのは私じゃない。悪いのは私のこの手やクチ
intro:
先日の水曜日は、勝手にメルマガの配信を休んでしまいましたが、もちろん、私が悪いわけではありません。
私が悪いのではなく、メルマガを書かなかった私の手、パソコンのキーボードを打つこの手が、いけないんです。
この件に関しては、私の方からキツクこの手に言い聞かせてありますんで、ご安心を。
それが一流のワルのやりかた、ってもんですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
ということで、
ダイエットに失敗した女性が、「私が悪いんじゃないのよ。ケーキをこのクチに運んできた、この右手が悪いのよ。」とか、
秘密を洩らしたことがばれてしまった男が、「俺が悪いんじゃない。悪いのは、喋ってしまったこのクチだ。」なんて、
ありがちなコントのネタです。
でも、それってある意味、正解だったりします。
自己に批判を加えることって大切です。
でも批判を加えたところで、人はそう簡単には変わりません。
余程の出来事がない限り、生まれ変わったかのように人が変わるなんて、あり得ませんから。
言ってしまえば、“自分”って、コントロール不可能な存在です。
コントロールできないものに批判を加えたところで、何かが変わることはありません。
変わらない自分自身に批判を加えるって、結局は自分自身を“責める”ことにしかなりません。
で、自分で自分を責めるなんて、アナタ自身が辛くなるだけの行為です。
そのくせ、結局は何一つ変わらない。
だから、自分を責めるなんて、意味がありません。
モノゴトが上手く行かない時とか何か失敗した時とか、自分を責める必要なんて、どこにもない。
自分に批判を加えるときって、コントロール可能なモノゴトに批判をしていきます。
で、コントロール可能なのは、自分の内面じゃなくて、自分の行動。
アナタが批判すべきは、アナタの内面じゃなくて、アナタの行動なんです。
自分の行動に批判を加えることで、修正可能です。
そうやって、人は成長してきます。
自分の内面を責めたところで、何も変わりません。苦しいだけ。
でも、自分の行動はいくらでも修正可能なので、責める必要はありません。
間違っていたと思うところを変更する。
たったそれだけです。
だから、辛いことなどありません。
コントロール可能なモノゴトは、どんどん批判を加えて修正していけば良いわけです。
行動を修正していけば、以前よりもモノゴトはスムーズに運ぶようになります。
スムーズに事が運ぶようになれば、アナタの心は以前よりも楽になります。
そういうことです。
責めたところで変わりはしない自分自身をいつまでも責め続けて、心は苦しいまま。
そうじゃなくて、自分は責めずに単に行動を修正する。で、ついでに心も楽になっていく。
アナタは一体どっちを選ぶんだい?
ps:
人って、どんなにあがいてみたところで、簡単には変わりません。
でも、自分は変えられなくとも、自分の生き方ならどうにだって変えられる。
そんな感じです。
だからね。
繰り返し言いますが、先日の水曜日にメルマガを配信しなかったのは、私のせいじゃなくて、私の美しいこの指先がいけないんです。
きっとこの美しい指先は、自分の美しさに満足してしまって高飛車になっていたんでしょう。
ホント、情けないヤツだ。
で、繰り返し言いますが、私の指先には私の方から、きつく叱っておきましたので、安心してください。
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post by ノリユキ at 10:30 | コメント・トラックバック(0)


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