終着駅は執着駅。 (* ̄∇ ̄*)ゞ なんちって♪
intro:
一流のワルで名の通った私は、ここだけの話ですが、「女王の教室」の最終回をビデオに撮ってました。
で、先日こっそりとそのビデオを見返しました。
2回ほど、目がウルウルっときました。
でも、さすが一流のワルです。
前回は5回ほど泣いてしまいましたが、今回はたったの2回です。
一流のワルって、常に進化し続ける男のことなんですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
そう言えば、以前書いた「色即是空」って話がわりと好評でした。
なんで今日は、それに関連したお話でもしようかと・・・
人は生きてくうえで、必ず何かを欲します。
人には“欲”があるわけです。
で、モノゴトを“欲する”ということは、つまり、そのモノゴトに“執着する”ということです。
人はモノゴトに執着しなければ、それを達成することが出来ません。
人はモノゴトに執着することによって、それを手にすることが出来ます。
もちろん、手にしたものを維持するためにも、執着する必要があります。
掴んだものを守り抜くには、それに対して執着し続けないと。
執着せずにモノゴトを掴むことが出来るのは、単に運が良かった、ってそれだけの話です。
で、執着心がなければ、いずれそれを手放すことになります。
新しい服が欲しい。指輪が欲しい。お金が欲しい。
これは執着です。
目標を達成したい。夢を叶えたい。より良い生活がしたい。
これも執着です。
今の生活を維持したい。今の人間関係を壊したくない。
これもまた、執着です。
結局のところ、“生きる”って、何かに執着することなんです。
でもね。執着するって、燃えさかる炎の中に身を投じるのと同じことです。
執着が、“苦”を生み出します。
つまり、傷つき苦しむ。
そういうことです。
執着するってことは、苦しむことを同時に覚悟しなきゃならないんです。
何かを欲すれば欲するほど、執着が増えていきます。
そして苦しみも増えていくんです。
アレもコレも欲すれば、それだけ苦しみを背負ってしまう。
そういうことです。
それがイヤなら、執着しなければいい。
いいですかい。
人にはそれぞれ、得意なことと不得意なことがあります。
出来ることと出来ないことがあります。
で、それが“個性”です。
他人を基準にして何もかもあわせる必要なんて、どこにもありません。
だから、出来ることと出来ないことを、きちんと見極めます。
自分が望むことと望まないことを、ハッキリと区別するんです。
でね。それが、執着することと執着を捨てることを見極める、ってことなんです。
苦しみは、アナタ自身が選ぶんです。
苦しかったら、逃げても良いんです。
辛かったら、目をそらしても良いんです。
でもね。逃げた先にも、苦しみや辛さが待ってます。
逃げることって、一時の休憩にしかならないんです。
逃げ続けてばかりいると、いつの間にか抱えきれないくらいの苦しみを背負ってしまいます。
だって、“執着”だけは引きずったまま逃げ続けるんですから。
だからね。たまには自分自身を向き合ってみる。
それが必要です。
アナタが執着すべきものと、執着を捨てるものを、アナタ自身が区別するんです。
生きている限り、苦しみから逃れることは出来ません。
でも、何もかも抱え込む必要なんて、どこにもありません。
アナタの苦しみは、アナタ自身が選択するんです。
そしてアナタ自身が選んだ苦しみだから、アナタはそれに向かって笑っていられる。
そんな感じです。
ps:
人は苦しくなると、何かにすがりたくなります。
でも、くれぐれも言っておきます。
そんな時は絶対に、変な宗教になんかにハマらないように。
post by ノリユキ at 12:15 | コメント・トラックバック(0)
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