親の悪口
intro:
私は先日、テーブルに置いてあったタコ焼き15個を全部1人で食べてしまい、知人に責められました。
「どうして、1人で全部食べるんだっ!?」って具合にね。
いつまでもグチグチと、責め続けられました。
「だったら、テーブルにタコ焼きを置くんじゃねぇよっ!」
もちろん一流のワルで名の通った私は、そんな風に恫喝してみせることも可能です。
でも私は単なるワルじゃ、ありません。
一流のワルです。
ですから私は、遠くの山を見つめるかのような眼差しで、そっとこう答えます。
「なぜなら、そこにタコ焼きがあるから」
その時の私は、まるで有名な登山家のようでした。
もちろん、「そこに山があるから」のパクリです。
ですからその知人は、きっと私の言葉に感動したはずです。
「私にとって、越えられない山はないのさ。 ┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・」
どうやら私には、知人を本気で怒らせる才能があるみたいですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
部下に対しても同僚や上司に対しても、“白か黒か”で判断する。
そんな人って結構います。
あの人は良い人。
あいつは嫌なヤツ。
彼は好き。
彼女は嫌い。
X君は優秀。
Y君は使えない。
人に対しても、最近は“AかBか”の二元的な見方しかしなくなった。
そんな気がします。
でも、「この人は優秀だ!」と思っても、ダメな部分だってあるはずです。
「コイツって、最低・・・」と思っても、評価できる部分もあるはずです。
部下を二元的にして捉えると、上手くマネジメントできなくなります。
竹を割ったように2元化して部下を評価すれば、どこかで「決め付け」が働き、的確な指示を出せません。
柔軟な対処が上司として出来なくなります。
そしてそれ以上に、自分が苦しみます。
自分や他人を二元的に捉えると、苦しむ事になるんです。
他人の嫌な部分が、どんどん大きく見えてきます。
自分の嫌な部分も、どんどん大きく見えてきます。
小さな出来事を拾い集めては、自分も他人も嫌いになっていきます。
そして的確な判断を下せなくなります。
自分の親の悪口って、いくらでも言えます。
でも、自分の親の悪口って、他人に言われたら腹が立つ。
親だけじゃなく、友達や恋人、配偶者だって同じことです。
その人の悪口って、自分では言っても良いけど、他人に言われたくはないんです。
人間って、そういうもんです。
それが人の持つ“情”です。
愛情、友情・・・
どれも正しい情です。
良い部分と悪い部分、そしてそのどちらでもない部分。
それが入り混じって、はじめて“人間”そのものです。
そのまんまの人間を、そのまんまに見ようとしなければ、相手の気持ちも理解できませんし、自分の気持ちも理解できません。
ps:
あー、腹減った。
post by ノリユキ at 14:21 | コメント・トラックバック(0)
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