名もなき花
intro:
一流のワルで名の通った私はよく他人から、「きっとアナタの生き様には、凄まじいものがあるんでしょうねぇ・・・」なんて言われます。
当たり前です。
だって、ワルなんだもん。
一流のワルの看板を背負った私のその生き様は、壮絶です。
常に生と死を隣り合わせにして生きています。
でもココだけの話ですが、生きるか死ぬかのシビアな戦いを続けているのは、実は私ではなく、何を隠そう私の髪の毛たちです。
しかし、その多くは敗れ去った・・・
そして私のオデコは不毛地帯。
私は人知れず、そんな自分の毛根たちに花束を捧げる日々を送っています。
しかし、そんな戦士たちには、名前すらありません。
これじゃあ、戦い敗れ去った彼らに、立派な墓を立ててやることも出来ない。
名もなき毛根たちは、無縁仏行きなんです。
世の中って、非情ですねぇ。
熱き男達の物語・・・
それは、常に「悲しさ」と共に語り継がれる伝説なのかもしれませんぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
聞いた話ですが、運動会の徒競走で生徒に手をつながせて皆で一斉にゴールさせる学校があるんだとか。
ハッキリ言って、そんな学校は資本主義をナメ過ぎてます。
“結果”に平等を求めるのは共産主義ですが、それって周知の通り、単にズルイだけの人間が得をする世界です。
結果をみんなで平等に分けるのであれば、怠けた者勝ちです。
本気で走るヤツなど、いなくなります。
世の中は、競い合うから良くなっていくんです。
互いに競い合った結果が、総合的に良い結果を生み出していきます。
それが私達の「現実」です。
ですから資本主義に求められているのは、“機会”の平等です。
出来るだけスタートを平等にして、定められたルールの中で競い合うことが必要なんです。
みんなで手をつないで一緒にゴールさせる運動会の徒競走。
それって私からすれば、「人権」という名の下で大人達が子供を使って不正行為をさせて楽しんでる、そんな気色の悪い世界です。
世の中をナメきった教育が、一体何を教えられると言うんでしょうか?
中学校の義務教育が終われば、人は進学するか就職するかを“選択”します。
どの学校に進学するか、どの会社に就職するのかも、選択です。
学校で部活に入るかどうかも選択の範囲ですし、どの部活に入るかも選択して決めます。
サッカー部に入ろうがバスケットボール部に所属しようが、それは自由です。
野球部に憧れて入部するのも、結構なことです。
野球部に入れば、どのポジションでプレーするかも選択です。
そしてレギュラーを目指し、日夜練習に励みます。
ピッチャーを目指しても、他に優秀なピッチャーがいれば、レギュラーを狙うのは困難です。
他のポジションに変更するのも選択ですし、レギュラー獲得が難しいとはわかっていてもピッチャーを続けるのも、同じく選択です。
結果として、ハンカチ王子の様に華々しい活躍をする人も出てくるでしょう。
地味で目立たなくとも、レギュラーとしてチームに貢献する人もいます。
甲子園を目指し、でもその土を踏むことが叶わなかった4番バッターもいるでしょう。
10年に1人の逸材と言われつつも、肩を壊してベンチの片隅で涙を流す控えのピッチャーだっているかもしれません。
そして、朝晩苦しい練習に耐え続け、それでも高校生活3年間、一度もベンチ入りすることができなかった部員だっているはずです。
でもね。
彼らの人生に、上も下もありません。
皆、人それぞれが、等しくそれぞれの人生です。
どれもがシッカリとした重みを持った、大切な人生なんです。
道を選べば、差が生まれます。
同じ道を通っていれば、優劣が生まれます。
でも、同じ道に進む人たちの間で前と後ろの優劣があったとしても、彼らの人生には上も下もありません。
それぞれの生き方が、それぞれの価値を持ちます。
クダラナイ人生とは、何もしないくせに他人との平等だけを求める生き方のことです。
私達が学ばねばならないのは、競争社会の中での生き方です。
でもそれって、常に勝ち続けるための生き方ってことではありません。
どの道を選択して、どの様に競争をするのか?
競争の中で、どの様な位置にいて、どう振舞うべきなのか?
競争の結果をどう受け止め、どう次へと繋げていくのか?
競争社会がまるで無いかのような生き方ではなく、競争社会の中でどの様に生きていくか。
それを学ぶことが大切です。
一番の生き方、二番の生き方、ずっとずっと後ろで走り続ける生き方・・・
トップを目指すのも、人の生き方です。
最後尾でひた走り続けるのも、人の生き方です。
質素であったとしても、競争という強い風をまるで柳の枝の様に柔らかく受け流すのも人の生き方です。
栄光を夢見るのも、勝利を掴み取るのも、挫折を味わうのも、勝ちもせず負けることもせぬことも、全て全て等しく人それぞれの人生です。
どこに上や下があるって言うんだ?
もしアナタが、自分の今いる場所に戸惑ったり不安を感じたりしたら、そっと心の中で自分の名前をつぶやいてみて下さい。
名もなき花など、どこにもありません。
ps:
「名もなき花」などありません。
「名も知れぬ花」と呼びなさい。
そう語ったのは、植物学者でもあった昭和天皇だそうです。
名の知れた花と、名の知れぬ花。
その2つに違いなどありません。
あるとすれば、それは欲です。
持っていても持ってなくとも、たいして不自由することのない欲です。
そしてその欲が、「名の知れた花」と「名の知れぬ花」に値札を付けます。
でもアナタが、1人ひとりの顔をきちんと見つめる気持ちがあれば、名の知れた花も名の知れぬ花も、等しく大切な花であることに気がつくはずです。
オッ!今日はmainだけじゃなくてpsまでキマッタみたい。
さすが俺。
post by ノリユキ at 14:13 | コメント・トラックバック(0)
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