コップの中の蛙、大海を知らず

さて、今年も早いもので、もう12月22日です。
残すところ、わずか9日あまり。
アナタはこの残りの時間を、どの様に過ごす予定でしょうか?

って、そんなことを言った途端、

「小林さん、『もう22日』じゃありませんよ。『まだ22日』です。“まだ”9日“も”あるじゃないですか」

と言葉を返す人がいるそうです。

サッパリ意味がわかりません。
そんな人は、一体何が言いたいのでしょうか?

恐らくポジティブ・シンキングのつもりで言っているんでしょうけど、私からすれば、その言葉の裏側に潜む傲慢さがたまらなく嫌いです。

 

ポジティブ・シンキングを説明する際によく、「コップの中に入った水」の話が出てきます。
コップの中に水が半分入っているのを見て、

それを「半分しかない」と捉えるのはネガティブな考え方。
それを「まだ半分もある」と捉えるのがポジティブな考え方。

そんな例え話です。
で、もちろん私には、サッパリその意味がわかりません。

コップの中の水が半分なら、それは「半分」でしかありません。
それ以上でも、それ以下でもありません。
そこにはポジティブもネガティブも存在しません。

 

コップの中の水が「半分しかない」のか「まだ半分もある」のか。
それを決定するのは、プラス思考でもマイナス思考でもありません。

私達を取り囲む“状況”です。

状況によって、コップの中の水を「半分しかない」のか「まだ半分もある」のか判断するものなんです。

例えば、私は錠剤薬を水がなくとも飲み込めます。
そんな私が薬を飲むとき、コップ半分の水は「半分もある」です。

でも、たくさんの水と共に流し込まないと薬を飲めない人からすれば、コップ半分の水は「半分しかない」わけです。

もちろんコップの大きさをどう想定したかによって、その判断は変わるはずです。
まあ、仮にそのコップを200ccの入れ物だとして、中の水は100ccくらいだとして話を続けましょう。

例えば、小さなスポイトで1滴垂らすための水が必要な時。
その時コップ半分の水を見て、「まだ半分もある」と考えるのは当たり前の話です。
ポジティブでもネガティブでもありません。

では、目の前が火事で大きな炎が上がっている場合は?

消火のための水は、コップ半分の水では足りません。
だから、「半分しかない」と判断するのは、当たり前のことです。

そんな時にコップ半分の水を見て「まだ半分もある」と判断するのは、ポジティブどころか異常です。

こう見ていけば明らかな通り、私達は周りの状況に応じて、その水が「半分しかない」のか「半分もある」のか判断しています。
アナタの性格や考え方だけがそれを決定しているわけじゃありません。

 

モノゴトは単独で存在しているわけではありません。

真っ暗闇の中の豆電球は明るいですが、照りつける太陽の下でのそれは決して明るいとは言えない。

モノゴトには、常に相対的な関係が伴っているんです。
それが正常。

にもかかわらず、モノゴトを単独に切り出して、発した言葉尻を採り上げてポジティブだのネガティブだのと判断する。

それって、揚げ足取りと一緒です。
で、それこそがネガティブな行為そのものです。

「小林さん、『もう22日』じゃありませんよ。『まだ22日』です。“まだ”9日“も”あるじゃないですか」

私は、相手の言わんとする気持ちも顧みずに、自分勝手な判断で得意満面に説教をする人の傲慢さが、大っ嫌いなんです。

 

「私ったら、マイナス思考で・・・」

そう悩む人は、別に性格や思考回路がネガティブなわけじゃありません。
単に、状況判断が苦手なだけです。

自分を取り囲む状況を偏ってしか見ていない。
単にそれだけなんです。

モノゴトを考える時は、モノそのものだけじゃなく、それを取り囲む状況を見渡してみる。
それが必要です。

下げっぱなしだった顔をそっと上げてみる。
そして、もう少しだけ周りを見渡してみる。

それだけで、今まで見えてたコップの中身が違って見えてくるはずです。

ps:

先日の20日に行なわれた亀田興毅選手のボクシング世界防衛戦。
まあ、勝てば「ヤラセ」、負ければ「ザマァみろ」、判定なら「ツマラナイ」と言われることになるこの試合、選手本人は辛かったんじゃないかと。

別に亀田本人が悪いわけじゃないのにね。

亀田選手を責める前に、それを取り囲む状況を判断する必要があります。
マスコミとかコミッショナーとか、マッチメイクの仕方とかのね。

お、なんか今日も上手くまとまった。
そんな気がする。

post by ノリユキ at 13:55 | コメント・トラックバック(1)

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  1. こんにちは、保険会社向けコンサルティングをしています、中川と申します。
    「コップの中の水」というたとえ話はコンサルをしている最中にも私もよく使いまして、ちょうど今回もこれにまつわるネタを探していたところに、ノリユキ様のブログに行き当たりました。

    相手の言わんとする気持ちも顧みずに、自分勝手な判断で得意満面に説教をする人、いやですねえ。
    モノゴトを単独に切り出して、発した言葉尻を採り上げてポジティブだのネガティブだのと判断する人、いやですねえ。

    ところで、たくさんの水と共に流し込まないと薬を飲めない人が「半分しかない」コップの水を持っている時に、なにかうまく飲める方法をアドバイスできたら嬉しいですねえ。
    オブラートに包むか?水飴と一緒に飲むのはどうか?
    うまくいって、その人が喜んでいるシーンを想像します。
    そして本当に、何か解決策を見つけて、提供できて、実際にうまくいって、その人が喜んで、感謝されて、それでお金も貰えたら、こんな良い仕事はありませんねえ。

    目の前が火事で大きな炎が上がっている場合に、コップ半分の水をもってウロウロしている人がいるとしましょう。
    何か火を消す方法はないか。
    一緒に探して、あった、あった、大量の砂が裏庭にあるじゃない。それでその砂をブチまけて運良く火が消えたら、嬉しいですねえ。手をとりあって喜んだりして。

    照りつける太陽の下で、豆電球の明るさを実感したい人に、「あそこのお寺のお堂が解放されていて、中は暗くて涼しいですよお」とアドバイスして、その人が実際にそうして、「ありがとう、楽しかったよ、豆球の灯りが凄かった」と言われたら、嬉しいですねえ。

    私の場合なぜか人に「ありがとう」と言われると頑張れちゃうんです。未だ「ありがとう」と言われないなら、そのシーンを目指して、イメージして頑張ってしまいます。

    実際の世の中は、うまく行くほうが少ないのですが、私は過去にほんの少し、ちょとだけそうした感謝された経験があって、それを自分の糧として、また運良く丈夫な体に恵まれ、コンサル4年目に入っています。

    コメント by 中川 尚 at 2007.06.27@18:09:18

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