理解者の背中

intro:

先日、脱毛に関する記事を読んでいたら、脱毛のことを「自殺」と表現している部分がありました。

信じられん。
世の中のハゲ達に失礼だろ。

もちろん、私のハゲ頭にも失礼です。
だって私の抜け毛は、死にたくて死んでいったわけじゃありませんから。

私の脱毛は、この殺伐とした現代社会の中で、アイデンティティーを求めながら彷徨い続けた毛髪たちの自己表現の結果なんです。

ですから私の脱毛は、単なる「自殺」と呼ぶには値しません。

「限りなく他殺に近い自殺」

そう呼んでください。

「早すぎた伝説」とはまさに、若ハゲである私のことなのかもしれませんぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

chapter 1:

う~ん・・・これからするお話は、ホントは先週(4月25日)にするつもりだったんですけどねぇ・・・

タイムリーさから言えば、ちょっとズレますが、まいっか。
それじゃ、はじめましょう。

chapter 2:

今から15年前の4月25日、半裸で泥酔状態の男がとある民家の庭で発見され、その後、他界しました。

男の名前は、尾崎豊。

当時、「10代のカリスマ」「若者達の教祖」などと呼ばれたシンガー・ソングライターです。
言わずとも、皆さんご存知かと。

で、そんな彼に関する面白い記事を見つけました。

http://www.asahi.com/komimi/TKY200704190202.html (asahi.com「没後15年尾崎はどこへ 消えた反抗心」より)

 

私がこの記事を読んで驚いた点は2つ。

1つは、尾崎豊が倫理の教科書に採り上げられているということ。
公的な教育機関において、反社会的な歌詞を綴った尾崎豊が載っているというのは、一体どういうことでしょうか?

バイクを盗んだり、家出をしたり、学校の窓ガラスを壊して回るといった若者の反社会的な行動と感情。
そういったものにも、大人達・教育者達は「理解を示す」という姿勢があるとでも言いたいんでしょうか?

ふーん。
昔と今では、随分と違うんですねぇ。

 

さて、もう1つの驚いた点というのは、尾崎の歌詞に対して、現代の若者達には否定的な意見が目立ってきているということです。

今の30代の多くが若かりし頃、尾崎の歌に共感を持っていました。
それが今、不快感を感じる人が増えているとは・・・

へー。
昔と今では、随分と変わってきてるんですねぇ。

 

要するに、時代は変わってる、ということでしょうか。
価値観や感性が、考え方や態度が、大人も子供もわずか15年間で大きく違ってきているわけです。

chapter 3:

「自分が若かった頃の気持ちを思い出せば、子供の気持ちがわかるはず」なんて言う人がいます。
人間誰しも、「子供の頃」という時期がありましたから。

でも、今の大人が子供だった時代と、今の子供達が生きている時代は違います。明らかにね。

だから世代の違う相手の気持ちなんて、そう簡単に解かるはずがないんです。
同世代だって、理解しあうのは難しいはずです。

だって、他人なんだもん。

理解したつもりでいて、実は大きくズレいている。
それが現実です。

人って、そんなに簡単に解かり合えるもんじゃ、ありません。
立場も違えば、考え方も感じ方も違います。

すれ違ってばっかりです。
ひょっとしたら、永遠に解かり合えないのかもしれません。

なのに、向き合うことばっかり考えて。
安易に理解者面したがる人って、多い気がします。

向き合って、相手の話に頷いて、相手の気持ちに理解を示す。
そういう態度やテクニックって、今のご時世、大流行の様な気がします。

でも気がつけば、“理解を示している自分を相手に理解して欲しい”だけになってたりします。
理解者面することで、自分自身を満たそうとしてるんです。

ホントに理解して欲しいのは、自分自身だったりしてね。

だから溝なんて、一向に埋まらない。

chapter 4:

確かに、向き合うことは大切です。
相手を理解しようとする気持ちも大切です。

でも今、多くの人が目下の人間に理解を示そうとしているのは、自分に自信がないからじゃないですかね?

テメェの背中を見せる勇気も自信もないから、向き合って優しい笑顔を見せてる様な気がします。

でも、自分だけがカッコ良い正面の顔だけを見せておいて、相手の心の奥底を知ろうなんて、都合良過ぎやしませんか?

それじゃあ、いつまで経っても相手は顔を背けたままです。

仮に目を合わせてくれたとしても、心の奥底では舌を出して鼻で笑っています。
優しく微笑むその人の、情けない後姿を見つめながらね。

chapter 5:

まずは自分の背中から。

リーダーとして大切なのは、自分自身の在り方を相手に示せるかどうかです。

転んでも、泣いてしまってもいいんです。
格好悪くても、進むべき方向に突き進む自分の背中を、相手はきちんと見ています。

向き合ってみるのは、それからでも良いじゃないですか。

ps:

あ、そうそう。
くれぐれも言っておきますが、理解者面の「面」は「ヅラ」と読みますが、「カツラ」のヅラではございません。

そこんとこ、ヨロシク頼みますぜ。 ┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 14:36 | コメント・トラックバック(0)



コメント・トラックバック

トラックバックURL:

コメントRSS

コメントする

ココだけの話ですが、コメントは管理人の承認後に表示されます。
また、コメントに対する管理人からの返答は期待しないで下さい。
ゴメンよ、ハニー!

管理人にのみ公開されます