今どきのパンドラの箱

intro:

近頃のテレビを観ていると、若いだけで特にカッコ良くもない男の子達のことを「イケメン」と呼んで、もてはやしている光景をよく目にします。

今どきの女性って、若い男ならなんでも良いって風潮なんでしょうか?

随分と、くだらねぇ世の中になってきました。
私は、そんな世間に流されず、自分の道をひた走り続けるだけです。

さて話は変わりますが、先週から自称21歳で通すことに決めた私は、今どきの若者っぽく振舞うために、ズボンを下にずり下ろして街を歩いています。

近ごろ近所では、変質者が出没するって、もっぱらの噂らしいですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

ギリシア神話の中では、「パンドラの箱」というものが登場します。
色んな説がある様ですが、最も有名なのは

パンドラの箱を開けると、様々な災いが飛び出してきて、最後に残ったのは「希望」だった・・・

という内容です。
どんなに辛いことがあっても希望さえ捨てなければ生きていける、という様な意味で良く使われています。

でも、それは昔のお話です。
今どきのパンドラの箱は、一味も二味も違います。

だってね、その箱の中に入っている希望には、値札が付いてるんですもん。

今どきのパンドラの箱の中に入っているのは、「希望」っていう名の商品なんです。
近頃の「希望」は、胸に抱くものではなく、消費するために存在します。

 

この世に勝ち組と負け組みの2種類があるとするならば、負け組みはいつも希望を買います。
そして希望を売るのは、いつも勝ち組です。

この二極構造は、この世界が市場経済で成り立っている以上、変わることはありません。

ほら、世の中をよく見渡してみてください。
人が希望を与えてもらっているのは、みんな商品じゃありませんか?

セミナー、本、映画・・・

希望を与えてくれるモノには、みんな値札が付いています。
売っていない「希望」を探すのは大変なくらいです。

もちろん、希望が必ず売り物だとは限りません。
タダで希望を与えてくれる人だって、沢山いるはずです。

でも、そんな希望を与えてくれる人って、勝ち組です。

オリンピック、観ました?
喜びや希望を与えてくれた選手達って、勝ち組じゃなかったですか?

 

本来からすれば、

「希望」には需要があって、それを欲する人がいる。
そして、そんな需要を満たすために、それを供給する人がいる。

単にそれだけの話です。
別にたいしたことじゃ、ありません。

でもどうしたことか、今どきの人々って、そんな希望を買ってばかりの人と売ってばかりの人に分かれちゃうんです。

今どきの世の中って、希望は胸に抱くより買った方が楽みたい。
買って消費し、再び買って消費する・・・
希望って、繰り返し繰り返し浪費し続けことで、快楽を得るものなのかもしれません。

 

いいですかい?

別に私は、希望を胸に抱いちゃダメって話はしていません。
買ってはダメって話もしていません。

安易に手にするな、って話をしています。
希望を与えてもらい続ける生き方をするなら、たまには希望を他人に与えて
みたらどう?って話をしています。

希望とは、胸に抱くものです。
消費するものではありません。

希望を消費し続ける、そんなくだらねぇ生き方をするくらいなら、希望なんて持たない方が、随分と幸せに暮らせるはずです。

パンドラの箱の中に残ったそのモノは、自ら手にするのではなく、誰かに手渡すものであると心得るべきです。

ps:

上を見れば「希望を与えてもらった」と言い、
下を見れば「勇気を与えてもらった」と言う。

自分より下の人間が努力する姿を見て人は、勇気をもらうことはあっても、希望を感じることはありません。
現実って、そんなもんです。

ちなみに私は、上から見ても下から見ても、若ハゲらしいですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・


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post by ノリユキ at 12:36 | コメント・トラックバック(0)

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