手帳はどんなもの使ってます?

ビジネス用品の中でも、最も不思議な地位を占めているモノのひとつに

「手帳」

があります。

毎日使うものですから、自分の中での定番があってもおかしくないのですが、いつも年末になると、多くの人が売り場の前で悩みます。

「来年は、どんな手帳にしようか?」

そんな感じです。

渋谷で56年、文具の老舗「つばめや」の高木さんによると、手帳コーナーの前でだいたいお客の皆さん、15分くらいは悩んでいるそうですね。

主観ですが、ああいったものはどんなに種類があっても、結局は何かしらを「平均化」したものなんだと思います。

だから色んな種類のものに目移りするし、かと言ってどれもこれも自分の条件を充分に満たすものがないんです。

便利な様でいて、扱いづらい・・・

だからでしょうか?
去年は、手帳を活用するための書籍が数多く出され、また売れていた様に思います。

そんな書籍自体が悪いとか良いとか言うつもりは毛頭ありませんが、こういう風になっていくと、

「目的」と「手段」

が摩り替わっていく気がします。

その手帳を仕事のツール、つまり手段として扱うのではなく、手帳を上手く使うこと自体が目的になっていくような。
そんな逆転劇です。

 

私も多分にもれず、手帳を買うときには悩みます。
自分にあったものがありません。

手帳は人によって使い方がそれぞれですが、私の場合、日々のスケジュールが適当に書き込めて、後はメモに使えればそれで充分なんです。

にもかかわらず、売り場においてある手帳を手に取ってめくると、どれもこれも、縦線と横線とメモリばかり。

「この手帳は、俺を規制するつもりか?」

そんな気がしてきます。

 

手帳なんてものは、他人様に見せるわけでもなく、あくまで自分自身の中で完結するものです。
自分自身ではじまって、自分自身で終わるんです。

自分の未来の「予定」と、自分の現在の「思考」

そんなものが記録できれば、それでOKなんです。私はね。
ですから、カレンダー部分に区分けがしてあれば、それ以外は白紙で充分。

自分の思考に、あらかじめ用意されたメモリや線など必要ありません。
あって良いのは、思考を表現する紙の「枠」だけです。
罫線やメモリなんて、必要になったら自分で書き加えれば良いだけなんです。

そんな風に考える私は、結局

「メモ書き部分が最も多くて、ポッケに入るサイズ」

そんな一番安い手帳を選んで、毎年トボトボ家に帰るわけです。

まあ、いずれにせよ道具は使い倒すものであって、道具には使われないようにしたいものですね。

余談ですが、もちろんメモ書き部分にある罫線なんて、私はまるっきり無視して書き込んでます。

ps:

そんな話を書いていて、高校時代の英文法の授業を思い出しました。
その授業では、必ず生徒が数人ずつ先生に指名され、問題の回答を黒板に書かされるんです。

もちろん当時遊んでばかりの私は、問題の答えなどわかりませんし、仮にわかったとしても考える気などサラサラありません。

ですから自分が回答する時は、いつも

「誰かわかるヤツいる?」

そんな風に聴いて、他の生徒からもらった回答を黒板に書き込んでました。

クラスメートに回答を教えてもらってから書き込むわけですから、私が黒板に書きはじめるのはいつも遅い。
黒板には、既に他の生徒が書き込んだ回答が並んでいます。

普通なら、書き込みのない空いた場所を探して、書き込むはずです。

ところがそんな時、私はいつも他人の文字なんかお構いなしに、その上から大きく回答を書き込んでました。

一応は重なって見難くならないように、違う色のチョークを使う。
それが当時、私の精一杯の思いやりです。

今考えるとメチャクチャですが、そんな私を叱りもせず、笑いながら授業を続けてくれた先生とクラスメートに、今更ながら感謝です。

post by ノリユキ at 10:40 | コメント・トラックバック(0)

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