受け入れるということ

intro:

ここ2回ほど、「強くなること」についてお話してきました。

しかし、だからと言って、「強くならなくちゃいけない」ということはありません。
強くなることが全てではありませんから。

弱くたっていいじゃありませんか。

私の毛根なんて、弱い弱い。
弱過ぎも良いところです。

そして、そんな弱すぎる毛根から逃れられない私の心は、疲れきっています。

誰か、慰めて!

ま、ホントに慰められたら、ちょっと照れちゃうんですけどね。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

今いる場所に問題がある、不満がある。

そんな時、人がとる選択肢はいくつかあります。

例えば、今いる場所を改善する。
もしくは、今以上の場所(目的地)を目指す。

この2つは、現状に満足せずにより高みを目指すという選択です。

しかし、それは戦いです。

現状と戦わなければいけません。
その選択をした以上、人は強くならなければいけません。

でも、選択肢は他にもあるはずです。

そう、それは戦わないという選択肢。
現状を受け入れるということです。

現状に問題はある、不満はある。
しかし、それらを受け入れて、今いる場所に現状のまま留まる。
そんな選択です。

 

ただ、現状を受け入れるということは、不満と欲望を制御するということに他なりません。 

そしてそれは、多くを求めず望まない、という選択です。
今の痛みを受け入れ、現状に転がる小さな幸せを拾い集めることで満足しなくてはいけません。

そしてこれが、結構難しい。

私達は、この資本主義社会にどっぷりと首まで浸かってしまっています。

常にどこかで他者と比較し比較され、より新しいもの、より良きものを、自然と求め続けます。
他者より劣れば、必ずどこかで自分を嘲笑う声が聞こえてきます。

常にどこかで消費を煽られ、「より安く」とは思っても、買わない使わないという感覚は乏しくなっています。
そして、消費をしなければ経済は萎んでいくという悲喜劇の舞台から降りることは出来ません。

ですから、欲望をコントロールし、多くを求めないという選択をすることは、非常に難しいんです。

専門的な話は端折りますが、資本主義社会というのは、望む望まないにかかわらず、上を目指すことで成立するシステムです。
なので事あるごとに、進化や進歩、チャレンジや変化を求められます。

しかし、このシステムも万能ではありませんし、そもそも資本主義社会以前の人間の暮らしは、そんな変化を求めない生活と共にありました。

なので、上を目指していくのが当然視されるこの社会の中では、必ずどこかで何かが疲弊していきます。

もちろん、どんなに傷ついても疲れていても、上を目指したい、目標を達成したいという人だっているわけです。
そして、それはそれで素晴らしいことです。

でも人間、そんな人ばっかりじゃない。

ですから、変わらなくても良いし現状を受け入れる選択肢だってあることを、私達は自覚する必要があります。

そして、

「変わらなくても良いんだよ」

そんな言葉を、大切な自分自身と隣人たちに向けて言ってあげられる優しさも、乾いた心には必要です。

ps:

ただ、この現代社会で「求めずに受け入れる」ということは、上を目指すために必要な「強さ」とはまた別の強さが必要なのかもしれません。

私達は、未だ欲望のパラドックスから逃れられないということなのでしょうか?

ま、私の場合は「ハゲは嫌だ。でも、フサフサだとネタがなくなる」というパラドックスに陥りっ放しですけどね。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・


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post by ノリユキ at 18:32 | コメント・トラックバック(0)


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