迷った時はいつも
intro:
生きていれば、人生の岐路に立たされることは度々あります。
学校卒業後の進路をどうすべきかだとか・・・
今の会社に留まるべきか転職するべきかだとか・・・
今日のお昼はうどんにすべきか蕎麦にすべきかの判断だって、痛いくらいに私達の心を迷わせます。
そう、今日のお昼はタラコソースのパスタで決まりです。
ただ残念なのは、多くの人々はそれらの選択に迷った挙句、判断を誤ってしまうということです。
今日の様に軽く体調が重い日は、本来は消化の良いうどんにすべきなのです。
さて、私は一体何を語ろうとしていたのでしょうか。
軽いめまいがしてきました。
自分を見失わないうちに、さっさと本題へと突入することにしますぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
どちらの道を進むべきか迷った時、私はいつも「困難な道のり」を選択するようにしています。
迷った時に困難な道へ進むと、結果として「吉」と出ることが多いという、これは私の経験則からの判断です。
ただ、単なる個人的な経験則では、あまり説得力がないかもしれません。
なので、ちょっとだけ論理的ぶって、その理由をお話します。
AとB、どちらかを選択しなければならない場合を考えてみましょう。
選択に迷ってしまうのは、Aを実行して得ることのできる価値(利益)とBを実行して得ることのできる価値が同じだと思われる場合になります。
Aの実行結果の価値(利益) = A1
Bの実行結果の価値(利益) = B1
とした場合、
「A1 = B1」もしくは「A1 ≒ B1」(AもBも利益の大きさがほぼ同じ)
ならば、人はAかBかの選択に迷うわけです。
そして、当たり前のことですが、
「A1 > B1」(Aの利益がBよりも大きい)
ならば、人はAを迷わず選択します。
しかし、人はモノゴトを選択する場合、利益のみを基準にするわけじゃありません。
実行するに当たっての難易度も、考慮に入ってくるはずです。
それをやるには精神的に負担が大きいとか、肉体的にキツイとか・・・
恥ずかしいからやりたくないとか、不慣れなことはしたくないとか・・・
これ以上のストレスは抜け毛を増やすからイヤだとか・・・
実行するに当たっての難易度も当然、選択基準に入るわけです。
そして、この難易度を
Aの難易度 = A2
Bの難易度 = B2
とした場合、
「A1 = B1」であり「A2 > B2」(AとBの利益は同じだが、Aの方が困難)
であれば、人はBを選択するはずです。
手にする利益が同じなら、楽な方が良いのは当たり前のことですからね。
じゃあ、これはどうでしょう?
「A1 > B1」であり「A2 > B2」
実行して得られる価値はAの方が大きいが、Aを実行する方が困難というケースです。
こういった時にも、人は選択に悩むわけです。
ここまでお話すれば、私が冒頭でお話した「迷った時は、困難な方を選ぶ」という意味が、もうお分かりだと思います。
明らかに価値の高いものでも、そこに困難が伴うと思うと人は迷ってしまいます。
心の奥底にある楽したいと思う気持ちが、本来の価値を見えなくしてしまってるんですね。
人が選択に迷う時、実は本音の部分では自分の求める価値がハッキリしていることが多いんですが、その裏側で
「恥ずかしいのはイヤ」だとか
「キツイのはちょっと・・・」だとか、
やりたくないという気持ちが判断を迷わせていたりします。
しかし、どんなに「A2 > B2」(Aの方が困難)であっても、とどのつまりは「A1 > B1」(利益はAの方が大きい)であるわけです。
結果として、本来の利益を追求するのであれば、困難な方を選択した方が、より大きな利益を手にすることができるわけです。
さて、アナタは判断に迷った時、選べない理由を取り出してみては自分自身を誤魔化していませんか?
そんな時は、難易度そのものが本当にアナタにとって重要な価値なのか、もう一度見直してみてください。
「選択に迷った場合は、困難な道を選ぶ」
それを判断の指標とすると、より自分のやりたいこと、やるべきことが見えてくるはずです。
甘えるつもりならチャレンジなんてするんじゃねーよ、ってことですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
ps:
ちなみに、私の可愛い髪の毛たちは、なんら迷わず私の元から去っていく選択を、今も繰り返しています。
おーい、無理すんなよー!
いつでも戻ってきていいからなー!
決して報われることのない私の叫び声が、妙に虚しく響く今日この頃ですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
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post by ノリユキ at 13:11 | コメント・トラックバック(0)