お金で買えないもの

intro:

先日、とあるお店で素敵なしおりを見つけました。

「これ、いくらですか?」

近くの店員さんにそう尋ねると、彼女はこう答えます。

「それ、売り物じゃないんですよ」

はあ?
売ってないのに、店に置いてんじゃねーよ。

一流のワルとして巷で恐れられている私は、鋭い眼光でその店員さんを睨みつけてやりました。
私って、女子供には強いんです。
泣いたって知らないぞ。

ところが彼女、ビビるどころか、そんな私をあざ笑うかのように捨てゼリフを吐きやがりました。

「それ、無料でお配りしているんで、ご自由にお取りください♪」

あ、そっか。無料なんだ、これ。あはは。
紛らわしいぞぉ、コイツ~ぅ♪

この私を騙すなんてこの小娘、かなりの凄腕。
将来が末恐ろしいってもんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

そう言えば六本木で働いていた元社長が以前、著書の中で「お金で買えないものはない」と言っていたそうです。
読んでないから、ホントかどうかは知らないですけど。

で、そんな言動を聞くと心温かな人たちは、「お金で買えない大切なものは、沢山あるぞっ!」なんて具合に鼻息を粗くしそうです。

お金で買えないものは、ある?ない?
あったとしたら、それは沢山?少し?

さて、一体どれがホントなんでしょう?
アナタはどう考えますか?

 

結論から言ってしまえば、

「お金で買えないものは、少しずつなくなっている」

というのが、この世界に対する正しい認識です。

センチメンタルな気分に浸るのも結構ですが、現実の社会はシビアです。
世の中からは、お金で買えないものがどんどんと無くなっています。

 

私たちが住むこの社会のシステムって、

「世の中に存在するあらゆる事象を、次々と換金化していくこと」

で支えられています。

お金で買えなかったものをお金で買えるようにしていく。
それが、この社会の仕組みです。

食事なんて、本来は自分で獲って作って食べるものでした。
でも今は、スーパーに行けば食材やら加工食品が売ってますし、飲食店に行ってお金を払えば、調理された料理を食べることが出来ます。

本来、売買とは関係のなかったはずのものが、お金で買えるようになったわけです。

また現在の飲食店では、単に食事をするだけに留まらず、飲食する空間を楽しむための演出が多様に施されています。
きめ細かな接客サービス、雰囲気の良い内装、ダイニングバー、回転寿司、ネットカフェ、メイド喫茶、猫カフェ・・・

別々のモノゴトを1つの空間に内包させて、さらに商品化していきます。

映画やテレビなんて、元々はそれ自体が存在しませんでした。
でも、人間がこの世界にあるモノをアッチから引っ張ってきてコッチとくっつけたりして、そんな娯楽を生み出したわけです。

人は社会の中で、お金と交換できるものを次々と生み出します。
これが、市場経済社会です。

ビジネスとは、世の中のあらゆる事象をカタチにすることで、お金と交換できるようにする行為だということです。

ですから、この世の中からお金で買えなかったものが、どんどんとお金で買えるようになっていきます。
それは、この社会にとっては当たり前のことなんです。

恋愛だって、今はお金で買うことで成立する側面が次第に大きくなってきています。

気に入られたい人の前では、お金を使って自分を着飾ります。
好きな相手に渡すプレゼントも、商品です。

素敵な恋愛を望むにはお金がかかりますし、その「素敵な恋愛」の具体的なイメージも、映画やら小説やら雑誌やらの商品が元ネタになっています。

現代に至っては、2次元の少年少女、つまりマンガやアニメのキャラクターにしか恋が出来ない人たちが増えてきています。

世界は産業革命の始まりと共に、全ての事象を換金化していくことで空転をし続けているんです。

 

だからね。
お金で買えないものと買えるものを、しっかりと見つめる必要があります。

一所懸命に頑張った大切な人へのご褒美に、ケーキを買って帰る人。
大切な子供に笑顔を与えるため、休日はディズニーランドで家族と過ごす人。
大切な人にいち早く会うために、徒歩じゃなくてタクシーで向かう人。

お金で買えないものを守るため、お金で買えないものを与えるために、人はお金で何かを手に入れます。

きっと今の世の中は、

「お金で買えないものはない」と言っても、
「お金で買えないものが大切」と言っても、

人は幸せになれません。

お金で買えないものも大切で、お金で買えるものも大切。

この現代社会の中で幸せに生きられる人って、きっとお金で買えないものと買えるものの大切さを、ハッキリと理解している人のはずです。

ps:

今日もお金で買えない素晴らしいお話を、無料でしてしまいました。
そんな自分に今、とてつもなく感動しています。

凄いぞ、小林ノリユキ。
今日も良くやった。

ちなみに、六本木で働いていた元社長が誰か分からないって人は、彼のブログでもご覧遊ばせ。
 
→ 「六本木で働いていた元社長のアメブロ」 

post by ノリユキ at 11:52 | コメント・トラックバック(0)

渦中から抜け出すツール

intro:

今までの自分の仕事を振り返ってみると、会社の再建に関わるケースがほとんどだった様な気がします。
ここだけの話ですが、正直面倒な仕事ばっかです。

もちろん、そんな仕事ばっかりくるのは、私自身にも問題があります。

だって私のセールスポイントといったら、「小栗旬と激似」ってことぐらいしかないんですもん。
今ひとつアピール不足なのかもしれません。

「俺って実は、ブラピと双子の兄弟」くらいに吹いておけば、客受けはもっと良かったのかもしれません。

今、ちょっとだけ反省してるところですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

経営状態が悪化した会社が採る手段は、たった1つです。
それは、「収益を上げる」ということ。

そして、そのために採る方策は2種類。
「売上アップ」と「コスト削減」。

売上をアップさせるか、コストを減らすか。
そのどちらか一方、もしくはその両方を実行することで、利益を確保しなくちゃいけません。

極めて当たり前の話です。
が、その当たり前がなかなか出来ません。

 

企業の経営が苦境に立ったとき、よく「縮小均衡は良くない。苦しいときこそ、打って出るべきだ」なんてことが言われます。

まあ、資金調達が何とかなる様な会社だったら、それはそれで良いでしょう。
でも、多くの会社ではそういうわけにはいきません。

だって、撃って出るにも弾(お金)がないんだもん。

私の経験から言えば、経営難の会社がまず採るべきなのは、コスト削減。
現実は、そんなケースが圧倒的に多いです。

で、もちろん言われなくたって企業はコスト削減に走ります。
生き延びなくちゃいけないですからね。

でも意外に多いのが、間違ったコスト削減をしてる、ってことです。
経営の行き詰った会社って、コスト管理の感覚がズレてることが結構多いんです。

 

前回お話した通り、消費と投資は違います。
そしてビジネスとは、まさに投資活動。

ですから、何でもかんでもコストを削減すりゃ良いってもんじゃありません。
投資効率を考えながら、コストを配分していかなくちゃね。

例えばほら、いま目の前にあるボールペン。

これは確かに、事務用品ですし消耗品です。
が、単なる消費財とは、ちょっと違います。

仕事で使うボールペンは、商品やサービスなどを生産したり販売するための業務に付随する、必要なコストです。

ですから例えば、「コスト削減のため、10人あたりにつき3本のボールペンを使いまわせ」ってのはちょっとお門違いです。
仕事の効率が極端に落ちてしまいます。

でも、1本300円のボールペンと100円ちょっとで2本入りのボールペンのどちらを購入すべきかと言われたら?

もちろん、安い方を取るべきです。
物書きが主体の仕事でもない限り、それほど効率の差は生まれません。

で、これが投資の感覚です。

そこにどれだけのお金を投入することで、どれだけの効果が生まれるか?を考え実行することが、投資活動なわけです。
最小のお金で最大の効率を生み出すことを考えます。

だから、何でもかんでも経費を削れば良いってもんじゃないの。

あ、今のボールペンの例えって、話が極端過ぎました?
「そんなの言われなくても分かってるよ、ハゲ」とか思っちゃいました?

でも、分かっている様で、いざその状況に巻き込まれると出来ないものなんですよ、マジで。

削っちゃダメなところをガンガン削って、使っちゃダメでしょってところにお金をかけてたりする。
ホント、ビックリするくらいに、そんなケースって多いんです。

私が直面した中で最もバカバカしいケースの1つには、「地代を減らすために顧客用駐車場のスペースを半分にした」ってのがあります。

確かに経費は大幅に削減できましたが、いざお客さんをお店に呼ぼうと思っても駐車スペースが足りなくて入店者数が頭打ち・・・

大の大人が、しかもこの道何十年って言うベテラン連中が集まってやった結果がコレです。

後から私が見直したところ、もっと他に削るべきところは沢山あり、駐車スペースを削る必要なんて、全くありませんでした。

笑うに笑えない事実ですが、渦中に巻き込まれると、当たり前のことが見えなくなってしまうのが、世の常です。

 

私たちが暮らすこの経済社会は、激しく渦巻いています。
そして私たちは、常にその混乱の中に巻き込まれています。

だから、俯瞰してみれば当たり前に見えることが、当事者にとっては何も見えなくなってしまうのかもしれません。

そんな渦の中から抜け出すツール。
確実にその1つは、投資と消費を区別する「感覚」です。

ps:

ちなみに私は、1万円もするLAMY社の「ラミー2000 L401」の4色ボールペンを使っています。

あ、今ちょっと自慢しちゃいました。(* ̄∇ ̄*)ゞ テヘッ♪

でも、同様に私はパイロット社の100円代のボールペンも愛用しています。

何事も、ケース・バイ・ケース。
投資効率を考えながら、モノゴトを購入することが大切です。

自分の頭を使うって、結構楽しいものなんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 10:54 | コメント・トラックバック(0)

ネギカモ

intro:

最近、私がタレントの山田優と付き合っているという噂が、巷でもちきりの様です。
なんでも先日、スポニチが一面で採りあげたんだとか。

しかし、あれは私ではなく、小栗旬という名前の私のソックリさんです。
全国の女性ファンの皆様、ご安心ください。

ん・・・?

なんか今、全国の女性達を敵にまわした様な気が、限りなくしてきましたぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

私達は、日常生活の中で当たり前の様に、「消費」とか「投資」という言葉を使っています。
でもこの2つの言葉、ハッキリと区別して使ってますか?

知ってるつもりで意外と曖昧だったりするのが、この「消費」と「投資」だったりします。

いやね、言葉の意味を説明しただけじゃ、「そんなの知ってるよ」って多くの人が言うんです。
でも、じゃあ実際の行動として投資活動と消費活動が明確に区別できてる人って、結構少ないんです。

なんで、ちょっと軽く説明でもしときましょうか。

 

簡単に言って「消費」とは、欲望を満たすためにモノやコトを使って無くしてしまうことです。

(ちなみに「モノ」とは、商品・お金・食事など形のあるもののことで、「コト」とは、サービス・時間など形のないもののことです)

それに対して「投資」とは、モノやコトを使うことで、何らかの見返り(リターン)を得ようとすることです。

もっと端的に言えば、

「消費」とは、欲望を満たすためにお金を使うだけの行為。
「投資」とは、お金を使ってお金を増やそうとする行為。

ということになりますかね。

で、ビジネスとは、投資活動そのものです。

お金を使って材料を買い、製品を作って売り、利益を手にする。
お金を使って商品を仕入れ、それを売ることで利益を手にする。

設備を買い、今まで以上に作業を効率化・高度化して、より大きな利益を手にする。
お金をかけて社員教育を行い、優秀な人材に育て、その人材からより大きな利益を稼いでもらう。

形は様々ですが、お金を使うことでより大きなお金を手にする。
そういった投資活動が、ビジネスの主軸となっています。

もちろん、それは企業に限った話ではありません。
最近では、個人一般の活動においても、「投資だ、投資だ!」と騒がしく言われています。
不動産投資だとか、株式投資だとか、自己投資だとか・・・

もちろん私は、投資活動を否定する気は更々ありません。
だって一応このblog、ビジネス系なんですもん。

でもねぇ・・・
先にお話した通り、消費と投資に対する認識が曖昧な人が多いんです。

実際のところ、世間で言う「投資」が実は単なる「消費」でしかないってケース、かなり見かけます。
まるで小栗旬が私にソックリな様に、投資活動にソックリな顔した消費活動がまかり通ってるわけです。

ですから、自分が行なう活動が「消費なのか?投資なのか?」ということをシッカリと区別できておく必要があります。
じゃないとね、業者さんたちにアナタは「良き消費者」として扱われてしまいます。

例えば、自己投資。

自分の収入やキャリアをアップさせるために、ビジネスの世界では盛んに自己投資が叫ばれてます。

でも、本当に自分にきちんと投資している人って、どれ位いるんでしょ?

あんまりいません。
実際は、「成功したい」という欲望を満たすために、そういった商品を消費し続けてる人ばっかりです。

業者さん達は、アナタに対して魅力的な商品を提供します。

「ポジティブ・シンキング」だとか「引き寄せの法則」だとか。
「思考は実現する」という主旨を手を変え品を変え、消費者にアプローチをかけてきます。

そして、消費者は「成功したい!」という欲望を、それらの商品を購入し使ってみることで満たします。

「右脳を鍛えよう!」
「次は、ロジカル・シンキングだ、論理思考だ!」
「これからは、情報収集と情報判断能力のアップだ!」
「いや、今度は地頭力だ!」

で、一体いつまで続くんですかね?
これじゃあ、結局のところオールマイティーに優秀な能力を持ってなくちゃダメってことじゃないですか。

ダイエット商品だって、同じことです。

次から次へと出てくる商品を、追っかけ追っかけ、追っかけ続けています。
もちろん、気づかないうちにね。

成功するために投資してる気になっていて、実は「成功したい!」という欲望を満たすためだけの消費しかしてないわけです。

あのね、消費者はいつまで経っても消費者でしかないんですよ。

別に消費者が悪いって話はしてません。
単なる消費者のままじゃ、ビジネスにおいても人生においても、何も成果は得られないんですよ、って話をしています。

だってさ、ビジネスって投資活動なんですよ。
この経済社会において、何らかの成果を収めようとしたら、投資する側の人間に回らなくちゃダメじゃないですか。

消費者のままで満足しているのであれば、それはそれでOKです。
人は自分の在り方について、自由であるべきですから。

でも、投資する側の人間として成功しようとする人が、いつまで経っても消費者のまんまじゃ、問題ありです。

そんな人をこの経済社会では、「ネギカモ」(ネギを背負ったカモ)と呼んでいます。

ps:

この話、今回は商品を購入する側の立場でお話してみました。
コレを逆に、アナタが商品を売る側に立ったとしてお話しすると、

成功そのものではなく、「成功したい」という欲望を満たす商品やサービスを売ることが大切。

ということになります。
つまりこの話は、

商品そのものを売るのではなく、その商品を購入することで得られる利便性をイメージさせ、そのイメージを売る。

というマーケティングでは定番の手法だということです。

「狩る」の言葉の裏っ側は、「狩られる」ということは、肝に銘じておいた方が良さそうですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 13:02 | コメント・トラックバック(0)

羽根の生えたアップル・パイ

intro:

実は私、先週の水曜日に「裸足のリーダー」を更新するのを、すっかり忘れてました。
気がついたのは、3日後です。

おまけに、今日もうっかりと更新するのを忘れそうになりました。
今、慌てて書いてます。

あ、今の話はアナタを信用して、こっそりと打ち明けた内緒話です。
ココだけの話にしておいて下さい。

この話を「裸足のリーダー」の読者が知ってしまうと、怒ってメルマガやRSSの登録を解除してしまうかもしれません。
私としては、非常に困ったことです。

ですから、くれぐれもこの話はココだけの内緒にしておいてください。
頼みましたぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

年明け早々から、日本の経済は芳しくないニュースばかりが続きます。
株価も日経平均を1万4千円割れちゃいましたしねぇ・・・

百貨店も初売りこそ好調だったものの、それ以降は苦戦を強いられている様子です。

さて、そんな百貨店の福袋にしろスーパーの大安売りにしろ、セールの時の売り場の風景は、壮絶なものがあります。

我先にと押し合い圧し合い、他人が手に取ったものを横から奪いる・・・

正直なところ、人間の浅ましさを感じます。
そんな風景を斜に構えてテレビの画面で見ていると、「お下品な方々でございますこと。オホホホホ」と鼻で笑って見たくなります。

でもねぇ・・・
現実の社会って、そんなもんです。

下品だとか浅ましいとか言っている場合ではなく、奪い合いは現代ビジネスの基本中の基本なんです。

一昔前、「市場」という名のアップル・パイは拡大しつづけていました。
広がっていく市場では、利益だって増え続けます。
みんなが頑張れば、増え続ける利益をみんなが手に入れることが出来たわけです。

ところが現在、そのパイは拡大しません。
しないどころか、縮小していたりして。

ですから、みんなでその限られたアップル・パイの奪い合いです。
相手を押し退け、他者の手から強引にでも奪い取らなければ、甘~いアップル・パイを味わうことは出来ません。
それどころか、お腹を空かして倒れちゃうかも。

現実のビジネスの世界は、まさに百貨店の新春セール並みの光景なんです。

そして私達は1人ひとりが確実に、その新春セールに参加しています。
甘くて美味しいアップル・パイを手にするためにね。

ですからそんな光景を見て、「みっともない」「やり方が汚い」「下品だ」などとは言ってはいられないわけです。

ところが、そんな奪い合いの市場に自ら参加しておきながら、「見苦しい」と言って頑なに拒む人が、結構います。

だから、それじゃ商売はやっていけないんだってば。
そんな状況が見苦しいと思うんであれば、最初から参加するなよ。
って感じです。

 

ただね、バーゲン・セールでの奪い合いとビジネスでの奪い合いとでは、決定的に違うことがあります。

それは、奪い合う対象です。
セールで奪い合うのは商品ですが、ビジネスで奪い合うのは顧客です。

ですから、露骨に横から奪ってみたり、引きちぎれんばかりに強引に横取りしようとしたら、確実に嫌がられます。

さらには、そんな売り手の必死な姿を見て、感情と意思を持ったアップル・パイさん達は、

「みっともない」
「やり方が汚い」
「お下品ねぇ」

とつぶやき、時には怒鳴り散らします。

私たちが手に入れようとするアップル・パイには羽根が生えているんです。
手に入れたとしても、口にしようとするその前に、遠く向こう側へと飛び去ってしまうかもしれません。

 

ビジネスというのは、限られた市場での競争です。
ですから、裏では壮絶な奪い合いが繰り広げられています。

でも、その見苦しさを顧客に感じ取られてはいけません。

さり気なくアップル・パイを奪い取る必要があります。
それどころか、奪い取られたことに心地良さを感じさせることが、大切です。

現代社会のビジネスのコツは、奪い取ったアップル・パイの羽根を、アナタの腕の中でそっと休めさせてあげることです。

ps:

あぁ・・・今日も軽くキマってしまった・・・

ちなみに、なぜ例えがミート・パイやマロン・パイではなくアップル・パイなのかは、聞かないで下さい。

post by ノリユキ at 14:06 | コメント・トラックバック(0)

偽と謝と情と

intro:

一流のワルで名の通った私は、騙し騙され裏切り裏切られの人生を今まで送ってきました。

ですから当然のごとく、人を見抜く力に長けています。
敵と味方を見分けるための、鋭い洞察力を身に付けているわけです。

自慢じゃありませんが何と最近では、EXILEのボーカルATSUSHIとサングラスをかけた亀田興毅の区別が一瞬でつく様になりました。
どうだ、凄いだろ。

一流のワルは、常に成長を続けていくものなんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

清水寺の貫主が嘆いています。
なんでも今年の世相を表す漢字は、「偽」に決まったんだとか。

ミートホープ、不二家、白い恋人、赤福、船場吉兆、マクドナルド・・・

確かに今年は、企業による偽装が山のように発覚した年でした。
食品以外にも、建築物の偽装とかもありましたね、そう言えば。
まさに「偽」の文字がふさわしい1年だったのかもしれません。

もちろんスポーツの世界でも、「偽」の文字が似合う話題がありました。

朝青龍、亀田家・・・

起こした問題が大きくなると、彼らはしばらくの間、公に姿を現しません。
しかし、世間はそれを許しません。

そして謝る。
すったもんだの末、ようやく謝罪会見が行なわれます。

そして、一件落着。
経緯はどうであれ、謝れば世間は彼らを許します。

朝青龍の件では本人の謝罪後、どちらかと言えば歓迎ムードです。
亀田家問題に関しても、次男の謝罪の囲み(?)にはブーイングがあったものの、長男の興毅選手の謝罪会見にて事態は一件落着です。

そう、思い出しました。
あの感慨深い謝罪会見。

直立のまま真直ぐを見据えて誠実に謝る姿。
どんなに非難されようとも父親をかばう姿。

10月末の興毅選手の謝罪会見を見て、立派だったとか男を上げたとかの高評価をする人がたくさんいたはずです。
私だって、ちょっとだけ目頭が熱くなりました。

でも、ちょっと待ってください。

彼はボクシングの世界戦で反則を指示し、さらにはその行為を「あれは亀田用語」と偽装したわけですから、謝るのは当然なんです。
悪いことをして謝るのは、ごく当たり前のマナーのはずです。

なのに、謝って「立派」と言われてしまうのは、一体何なんでしょう?

食品偽装が発覚した会社の社長さん達なんて、どんなに頭を下げたって簡単には許しちゃもらえないんですよ。

健康被害がなくとも食品を偽装したら、謝っても許してもらえない。
反則指示で対戦相手が健康被害を受けても、謝ったら「立派」と誉められる。

世の中って、不思議なことでイッパイです。

ミートホープの社長の息子は記者会見の席で、「社長、本当のことを言ってください」と父親に詰め寄りました。

でも仮に、亀田家の様に彼が振舞ったらどうなるんでしょ?

事の首謀者であるミートホープの社長は会見に姿を現さず、その息子が出てきて謝罪。
しかも、その会見の席で

「俺にとっては、最高の父親」

とか言ったら、どうします?
日本中が額に青筋立てて、怒りまくりですよ。

「消費者を、舐めんじゃねぇよ!!」

ってな具合に。

 

いいですかい?

「興行」というビジネスの枠の中で活躍するキャラクター(タレント)は、いわばそれそのものが商品です。

自然とそこには愛着が沸いてきます。
商品とそれを受け取る人(消費者)の間には、愛着のある関係が生まれるわけです。

好きも嫌いも、それは愛着です。
そしてそれは、どちらかと言えば“温かい”情の世界なんですね。

ところが、その商品を売る側と消費者の間には、そんな温かい関係は自然発生してくれません。
最初からそこにあるのは“冷たい”情の世界です。

経営者や企業 = 悪

そんな感情が、消費者の心の裏側にはヒッソリと潜んでいます。
だから、経営陣がどんなに謝ったって、簡単には許しちゃもらえません。

 

「商品」と「商品を売る側」。

一見同じ様でいて、消費者からすれば全くの別物です。
商品を売る側に対して消費者は、あくまでシビアなんです。

ですから、ビジネスの世界で生きる私達は考えなくてはいけません。

自分達の会社そのものが、いかに消費者から受け入れるかということを。
商品だけでなく、いかに企業そのものに愛着を持ってもらえるかを。

企業そのものが温かい情でもって受け入れてもらえる、そんな状況を作り出すこと。
それをビジネスの世界では、

「ブランディング」

って、そう呼んでいます。

ps:

申し訳ございません。
たった今、私は「ブランディング」というものの謎を、新しい視点から世界で初めて解き明かすことに成功しました。

しばらくこのblogを更新しない間に私は、飛躍的なレベルアップを遂げ、偉大な人物となってしまった様です。

皆様方にとって遠く手の届かない高貴な存在にのし上がってしまった私を、どうかお許しください。
この場を借りて、謹んでお詫び申し上げます。

そして、皆様。
どうぞこんな素晴らしい私を褒め称えてください。

さぁ早く。
遠慮はいらない。
早く褒め称えるんだ!

 

しばらくblogを更新しなかったことを素直に謝れない、そんな自分がとっても可愛らしく思えてきましたぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 12:21 | コメント・トラックバック(0)