2006年9月22日(金) [ ビジネス・おかね | 組織・リーダーシップ ]
intro:
私の性格は、果たしてイヌ型だろうか?それともネコ型だろうか?
そんな風に尋ねると、多くの人は私のことをイヌ型だと答えます。
まあ、その気持ち、わからなくもありません。
なにせ私といったら、一流のワルとして世間にその名を轟かせている男です。
アナタが私のことを「一匹狼」から連想して「イヌ型」だなんて思ってしまうのも、無理はありません。
でも、真実は違います。
私は明らかにネコ型の男。
「イヌは人につき、ネコは家につく」
そんな風に、相場は決まっているわけです。
ですから、一流のワルで名の通った私が、他人に忠実に飼い慣らされてしまうわけがありません。
腹が空けば主人も裏切る。
それが一流のワルで名の通った男の私らしい生き方、いや生き様なんです。
ですから私は、まさしくネコ型な男です。
いや、百獣の王であるライオン型と言った方が、よりそのイメージにピッタリなのかもしれません。
でも、あの勇ましい雄ライオンのタテガミは、どう考えても私のツンツルテンのハゲ頭には似合わない。
そんな事実は、一生のお願いですから内緒にしておいてください。
頼みますぜ。 ┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
自己プロデュースを上手くやって、自分を売り込もう!
そんな風に考えてビジネスをする人って、結構います。
確かにそれって、大切なことです。
自分を売り込んで初めてモノが売れる、そんな場合が圧倒的に多いですし。
でも、アナタが会社の経営者だったり管理職だったりする場合、ちょっとだけ気をつけなきゃいけないことがあります。
それは、
「会社は、従業員個人の技術に依存してはいけない」
ということです。
自己プロデュースを各営業マンや各接客員が自分の裁量で行なった場合、その結果には大きな個人差が出てきます。
圧倒的に優秀な人間が出てくるわけです。
で、それって結構ヤバイ。
そんな事実に気がつかなきゃいけません。
だってさ、考えてもみてください。
仮にアナタの部下Aさんが物凄く優秀で、沢山のお客さんをファンにしてしまった場合を・・・
確かに売上は上がります。
でもそれは、会社が叩き出した売上ではなく、Aさん個人が叩き出した売上です。
ですから、Aさんがアナタの会社から去ってしまった時点で、沢山のお客さんもアナタの会社から去って行きます。
それは当然の摂理です。
最悪の場合、多くの顧客を失わないために、アナタはAさんが望む多くの要求を呑まなければいけなくなります。
つまり、会社はAさんの言いなりです。
会社の行動は、一従業員の気持ちに振り回されてしまうわけです。
こういった状況を放置している会社って、結構あるんですよねぇ。
典型的なパターンって、美容室です。
お目当ての担当美容師がいなくなれば、お客さんは必ずその理由を尋ねます。
で、お店側は必ず「ああ、彼女は辞めて田舎に帰りました」って言うわけです。
「彼女は他店に移った」なんて言った日には、そのお客さんは他店へと移ってしまうんですから。
ま、それだけならまだ良いほうかも。
力のある営業部長のご機嫌伺いを繰り返す社長、って以外に多いもんです。
ヘタに社長風を吹かせて彼の機嫌を損ねてしまえば、会社を辞められるだけじゃなく、新会社を設立されてお客さんを根こそぎ持っていかれる。
それって、売上激減を招くだけじゃあっりません。
強力なライバル会社が近くに出現してしまう、ということなんです。
飼い犬に手を噛まれるって、このことです。
ご主人様を食い殺すイヌならぬオオカミなんて、実は巷にはゴロゴロいるんです。
だからね。
顧客はイヌ型に育ててはダメです。
ネコ型に育てなくちゃ。
従業員個人の技術に依存してしまう会社やお店は、顧客をイヌ型に育ててしまいます。
もちろん、そんな顧客はその従業員自体についているわけで、会社やお店そのものには興味はありません。
結果、会社の状況は、その従業員の動向に左右されてしまいます。
個人が叩き出した売上げは、個人の利益であって会社の利益ではないと、肝に銘ずるべきです。
人につくイヌ型のお客さんを、決して育ててはいけません。
アナタがしなくちゃいけないことって、アナタの会社、あなたのお店につくネコ型のお客さんを育てることです。
だから、会社やお店の仕組みに惚れさせる。
それを考えるのが、経営者であり上司の役目です。
お客さんにとって、その会社そのお店自体を好きになってもらえる仕組みを、アナタは作らなくちゃいけません。
“人”そのものだけを売り物にする商売って、実はたった2つだけです。
芸能と呼ばれる世界と、夜の世界。
それだけなんです。
それ以外の商売であれば、決して“人”だけを売り物にしてはいけません。
それをやってしまえば、どんな商売も水物です。
ps:
ただ1つだけ解せないことがあります。
ネコ型ロボットであるドラえもんは、野比家のために未来からやってきたはずです。
でも、タイムマシンに乗ってやってきたドラえもんは、結果として野比家についていたのではなく、のび太くん個人についてしまいました。
だから見た目はともかく、絶対ドラえもんはネコ型ではなく、イヌ型ロボットです。
そうだ、そうに決まってる。
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2006年8月18日(金) [ ビジネス・おかね ]
intro:
一流のワルで名の通った私は、「1・2・3」を「アン・ドゥ・トロワ」と数えます。
しかも、さり気なく。
「え~っ!?一流のワルは、数字を日本語や英語で数えないんだって!?」
今、そう驚かれた方もいるかもしれません。
でも、数を数える時はいつだってフランス語なんです。
荒々しさの中に品格を兼ね備えている、それが「一流」の冠を持つ男の風格です。
一流のワルには、フランスがお似合いです。
でも、気が付いている方もいらっしゃると思いますが、私がフランス語で数えられるのは、きっと数字の3までなんですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
改めて言うほどのことじゃありませんが、スポーツにはルールがあります。
そこで戦う選手達は、ルールの中で技と体力を駆使して戦います。
そして、それを観ている観客は、そのルールの中で戦う姿を楽しみます。
もちろん観ている方も、ある程度ルールを知っています。
ルールなんて知らなくても楽しめますが、知らなければ楽しみ方が半減してしまいます。
仮にルールを無視した戦いがあったとしても、それはスポーツとは呼べませんし、観ている方も楽しくありません。
さて、同じスポーツでも「プロ」と名前が付いてしまえば、それはビジネスです。
「観客」という名の顧客が存在することによって、ビジネスははじめて成立します。
ですからプロ・スポーツであれば、最低限顧客を楽しませることが興行として前提となります。
観客を楽しませる事に頭を使わなければなりません。
でも、ここで大切なことがあります。
ビジネスにおいて「顧客」とは、その分野に対しての“素人”だということです。
中にはプロの眼を持つ人もいますが、大半は素人です。
ですから“顧客を楽しませること”は、即ち“素人を楽しませること”になるわけです。
プロにしか理解できないデザインや味など、それは芸術であるかもしれませんが、ビジネスとして見たら「力不足」です。
ビジネスを行なう人間として、常に考えなければならないことって、素人にもわかるようにアピールを行なうことです。
ルールも品質もデザインもワザも、素人の心に伝わらなければ、意味はありません。
先日の亀田長男のボクシング世界戦。
その試合の判定に対して、疑惑の声が沸きあがりました。
確かにボクシングの採点方式から言えば、その判定結果は亀田選手に軍配が挙がるケースも考えられるかもしれません。
しかし、その試合の判定内容って、プロの視点で見ても、その見解は大きく別れています。
プロの眼で見てもハッキリしない判定・・・
一体それを、どうやったら素人の私たちは楽しめるっていうんだい?
所詮、素人が納得できない判定って、ビジネス上は意味が無いんです。
ビジネスって、その大半は素人相手の商売なんですから。
だから、売る側は素人を楽します事に全力を尽くさなきゃならない。
「プロの眼から見たら、それは正しい・・・」
なんて言葉は、ビジネスの世界では、素人を納得させることが出来なかった言い訳にしかならないんです。
あの疑惑の判定って、論議を醸し出し注目度を高めるには、良いのかもしれません。
でも、それって一時的な事です。
あの様な状況が繰り返されていけば、それは長期的に見たら信頼を損なっていくだけにしかなりません。
プロの眼ではなく、素人の眼を楽しませる。
それはビジネスとして、大切な柱です。
ps:
ですから素人の私にとって、フランス語で数字は「アン・ドゥ・トロワ」の3つが数えられれば、それでOKです。
さて、メルマガの配信予約も済ましたし、ルーヴルにフラレた私はこれから、リベンジするべく上野へと向かいます。
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2006年8月11日(金) [ あたま・ノウハウ | ビジネス・おかね ]
intro:
記憶に新しいかと思いますが、一流のワルで名の通った私は先週、
「次週の月曜日はメルマガを休むかも」
と言いました。
そして本当に今週の月曜日、私はメルマガを発行しませんでした。
「配信しないかも」と言ったら、本当にそうなってしまったわけです。
まさに、思考は実現化する。
メルマガを発行しなかったことによって、私は文字通り「成功者」となってしまった様です。
こんなに楽をして成功者になった人は、きっとこの日本において私だけ。
今日から私は、「楽して成功者になるノウハウを持つ男」です。
この成功ノウハウをたったの5万円で販売しようかと、現在模索中ですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
先日、ふと気になったことがあったんで、ちょっと質問してみます。
簡単な質問です。
仮にアナタが、インテリア雑貨のお店を出店するとしましょう。
出店する場所は、人口20万人都市の街の中心地。
男女の比率は5:5です。
この地域に住む人の平均年齢は35歳、1世帯に平均3人が暮らしています。
平均所得は、年収400万円。
さて、アナタはこれからこの街で最も人気のあるインテリア雑貨店を目指します。
そのためにはまず、この地域で最も多い客層に合わせて、商品を取り揃える必要があります。
では、アナタは以下の選択肢のうち、どれを選びますか?
(1)最近は「セレブ」が流行しているので、高級品を中心に品揃えをする
(2)やっぱりどんな時代、どんな地域も激安ショップで決まりでしょ!
(3)子供が1人いる30代の夫婦にターゲットをあわせる
(4)これだけのデータじゃ、判断できないっ!
これ、極めて初歩的な質問です。
アナタは何番を選びますか?
ちょっと考えてください。
さて、選びました?
答えは簡単ですね。
この設問の内容からすれば、どう考えたって答えは「(4)これだけのデータじゃ、判断できないっ!」で決まりです。
でも、実際は(3)を選んでしまう人が結構多いんですねぇ・・・
で、そんな人は恐らく平均中毒にかかってます。
一見当たり前の様に思っていても、実は中身は違ってる・・・
そんなことって、結構\あります。
で、「平均」という言葉に、意外と多くの人は引っかかってしまうみたいです。
平均値が最大値だと思ってしまうんです。
確かに基本的に平均値が最大値になるものもあります。
例えば、身長とか体重とか、学校の成績だとか。
で、身長や成績は、通常「正規分布」と呼ばれる釣鐘型のグラフを描く分布をしています。
(正規分布ってこんな感じ ↓)

で、こういったケースならば、「平均値≒最大値」と考えるのは普通です。
ところが世の中、何もかもが正規分布の様にサンプルが散らばっているわけじゃありません。
例えば、年収が1億円の人と200万円の人。
この2人には年収の差が9800万円もあります。
でも、この2人の平均年収は「(10000万+200万)÷2」で、5100万円となるわけです。
年収1億円の人が100人、年収200万円の人が100人集まっても、この合計200人の平均年収は約5000万円。
つまり年収5000万円の人は“人っ子1人いない”にもかかわらず、平均年収は5000万円になるわけです。
上記の質問で言えば、その地域の平均所得が400万円だからと言って、その地域に年収400万円の人が最も多いとは限らないわけです。
高額所得者と年収200万円程度の人ばかりが、その地域を占める場合も考えられるわけです。
同じ様に、平均年齢が35歳だからといっても、その地域では年配者と若年層が中心で、30代が最も少ないかもしれません。
更には、その平均年齢に影響されて1世帯の平均人数3人のデータから「夫婦に子供1人」という家族構成を想像するのは、あまりにも容易すぎです。
この様に考えていくと、この質問で提示したデータだけでは、地域で最も多いターゲットを見つけることが出来ないということがわかります。
アナタがもし「30代の夫婦」をターゲットしたインテリアを作るメーカーの営業マンだったとしたら?
アナタは上記の様な地域でお店を出している人に対して、上記のデータを見せるべきです。
「ほら、この地域では平均年齢35歳で1世帯に3人が住んでますから、30代の夫婦をターゲットにした商品を取り揃えてはどうでしょうか?」
って、提案します。
実際にその地域では、30代の夫婦が少なくてもね。
で、こういったことは当たり前の様に日常で行なわれています。
では、もしアナタがこの様な営業マンを目の前にしたお店の店主だったら?
その様なデータから営業マンが発する言葉の「間違い」を見抜くべきです。
情報を更に集め、データからその結論が正しいのか間違っているのか、判断してから購入を検討しなければいけません。
私達の住むこの世界は、パレットの中の絵の具です。
そして、そのパレットの中では売る側と買う側との闘争が、絶えず繰り返されています。
このパレットの中の闘争に負けてばかりの人には、いつまでたっても幸せは訪れません。
賢く生きる知恵が必要です。
ps:
私の頭皮の上では、抜ける髪の毛と生やしたい私の気持ちで、絶えず闘争が繰り返されています。
ま、一方的に私は負け続けているわけですが。
post by ノリユキ at 12:11 | コメント・トラックバック(0)
2006年7月24日(月) [ ビジネス・おかね | にんげん・こころ ]
intro:
一流のワルで名の通った私は、よく人から「アナタの背中には、哀愁が漂っているのね・・・」なんて涙ながらに言われます。
まあ、死ぬか生きるかの壮絶な世界で、常にトップをひた走り続ける私です。
そんな男の心の傷が背中に見え隠れしてしまうのも、当然といえば当然かもしれません。
でも、そんな私の背中に漂っていたのは、哀愁じゃなくて私の抜け毛でした。
なんだ、嫌味かよ。
そんな事実を知ったときの私の背中は、本当に哀愁が漂ってたみたいですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
例えばアナタは、何かの知識や技術を身につけようと学校に通い始めたとします。
給料の中から学費と交通費を支払ってね。
週に3回、会社帰りにアナタは、学校へ一生懸命通います。
でもその学校、駅から徒歩で30分なんですよ。
おまけに、学校までバスも通ってない。
アナタが安月給のサラリーマンだとしたら、駅を降りた後は徒歩で通うしかありません。
でも、たまにはちょっと贅沢をしたい。
だから時々、同じ学校の友達と4人くらいで駅で待ち合わせて、「相乗りタクシー」なんてことも、やってみたり。
学校帰りには、学友達と安酒を交わしてみたりなんかして。
ま、同じ志を持つ者同士の、ちょっとした楽しみってやつです。
あ。
でも、ちょっと待った。
アナタが安月給のサラリーマンだとは限りません。
高給取りかもしれません。
となると、駅から30分の道のりも、毎日タクシーで相乗りもせずに悠々と通学が出来ちゃいます。
で、たまに一緒になった学友達を同じタクシーに乗せて、
「いいよ、今日は俺が払っとくからさ」
なんて、さり気ない笑顔を見せちゃったりなんかして。
おっ、いいですねぇ。
何か、エグゼクティブって感じ。
カッコイイ!
ところでアナタはその貧乏学生とリッチな学生、一体どっちを選びますか?
で、考えてみてください。
どちらの学生生活が、後の良き思い出になると思いますか?
そしてアナタが将来、困難な場面に直面した時、どちらの学生生活を過ごしたときの学友が、アナタに手を貸してくれると思いますか?
もうお気付きかと思いますが、要するに貧乏か金持ちかの選択なんかじゃ、ありません。
人と繋がり、一緒に学校に通う道のり。
共に交わす酒。
お金のある無しに関わらず、それらの一つひとつが良き時間となります。
そして、一緒に過ごす道のりが、相手を大切に思う気持ちを育て、自分が大切にされている安心感を生み出します。
アナタがお金持ちの学生であっても、貧乏な学生であっても、大切なものを抱えたままであれば、どっちにしろ楽しい生活と未来が待っています。
でもね。
同じ人間であっても、“お金”をある程度持ってしまうと、人は変わります。
気持ちは同じであっても、気が付けばお金は、アナタの行動を変えてしまいます。
友達がいなくとも、アナタは独りでタクシーに乗って、悠々と学校に通学するようになります。
安い店を探して値段を気にしながら安酒をワリカンで飲む必要もなくなります。
人と繋がっていかなくとも、生活を満喫できるんです。
お金があると、それだけでアナタの生活は完結できます。
だから、気が付けば行動が変わっていきます。
人はいつだって凸凹です。
だから、足りないところを埋めてあげなくちゃいけない。
で、お金があると、そんな足りない部分をお金で埋めようとしてしまいます。
自然と行動が変わり、生活が変わっていくんです。
現代は他人に頼らずとも、お金に頼れば生きていける時代です。
でもね。
私はいつも言いますが、足りないところを埋めてあげられるのは、やっぱり人だけです。
人は独りぼっちじゃ生きてはいけません。
生存はできても、生きていくには結構つまらない。
だから人って、人と繋がっていくんです。
足りない部分を互いに補い合って、そうやって皆で同じ目的地に進んでいくんです。
まるで、相乗りでタクシーを乗るかのようにね。
独りで乗るタクシーも、時には良いかもしれません。
友達も一緒に乗せて、お金はアナタが払うタクシー通学も、時には良いかもしれません。
でも、足りない部分を皆で補い合いながら、皆でタクシーに乗るのも、きっと楽しいはずです。
要するに人は、自分ひとりでは完結できない生き物だということです。
ビジネスでもプライベートでも、人は必ず人と繋がっていくことで、上手く行きます。
だから人って、不完全の方が幸せなんです。
だって、人と繋がり合おうとするんだもん。
完璧な人間でいようといつも独りでタクシーに乗り続ける人って、どんなに格好つけたところで、いつも独りぼっちです。
post by ノリユキ at 14:04 | コメント・トラックバック(0)
2006年7月10日(月) [ ビジネス・おかね | にんげん・こころ ]
intro:
一流のワルとして世間から恐れられている私のチャームポイントは、実はとっても親切だ、ということです。
自動販売機でお金を入れたまま、何を買おうか迷っている人がいたら、すかさず私は、救いの手を差し伸べます。
私が飲みたいコーヒーのボタンを押してあげるんです。
そして、私はその缶コーヒーを手に取ると、迷える子羊の手に120円を渡し、黙ってその場を立ち去ります。
もちろん去り際に、「ありがとう」の一言も決して忘れません。
私は自動販売機で順番待ちをするストレスも無く、また迷える子羊は何もしていないのに私から「ありがとう」って素敵な言葉を言ってもらえます。
幸せは幸せを呼ぶんです。
でも、これが全くのネタ話じゃなく、10代の頃の悪友が実際にやってた思い出話だってことは、ココだけの話にして置いてください。
今さらながら、心が少し痛みますぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
人って、基本的に他人には興味がありません。
何の関係もない単なる通りすがりの人に興味を持たないのは、普通ことです。
ですから、見も知らぬ他人の個人的事情など気にも留めませんし、見知らぬ人の言葉など信用しません。
そして、それが人として、正常な判断です。
でも人って、誰かしらに構ってもらいたいし、気にしてもらいたい。
他人のことはどうであれ、自分自身には興味を持ってもらいたい。
そう思うのが人間です。
ましてやそれが、ビジネスに絡んでいたら尚更のことです。
アナタ自身に興味を持ってもらえなければ、誰が案内しても売れる商品しか売れません。
でも、アナタ自身に興味を持ってもらえれば、どんな商品でもアナタの声に人は耳を傾けてくれます。
ま、ビジネスに関係あるにしろ無いにしろ、人って他人には興味なくとも自分には興味を持ってもらいたい、そんなワガママさんです。
人には、誰しも得意な分野もあれば不得意な分野もあります。
得意ってほどじゃなくとも、全くの素人から比べたら“優秀”っていう分野だってあるはずです。
で、そんな情報は供用していく。
それが大切です。
もちろん、「共用」じゃなくて「供用」です。
「共に用いる」じゃなくて、「他人が用いるために、提供する」です。
他人よりもちょっとだけ得意な分野。
そんな情報を、積極的に自ら他人に提供していく。
そうすることで、アナタ自身に価値が生まれます。
人はアナタを信用し、信頼します。
アナタは人から興味を持ってもらえるし、自分に興味を持ってくれた人をアナタは興味を持つようになる。
そうやって、人は人と繋がっていきます。
そして、それが相互に作用することがネットワークであり、コミュニケーションです。
でも、ここで勘違いしてもらいたくないことが、1つ。
他人から貰えることを前提として、他人に提供する・・・
これをやったら、信頼は築き上げられません。
これって言い換えれば、他人から貰えなければ決して与えない、ということなんですから。
こんな図式は、猜疑心とかけ引きしか生み出さない人間関係です。
決して信頼関係は生まれません。
大切なことって、自分の少しだけ得意なことを周りに供用していくことです。
だって、人は凸凹なんです。
だから、足りてるところを他人に足してあげて、足りないところを他人から足してもらう。
そうやって、人は信頼し合います。
人は、助け合いのある人間関係の中でしか、幸せを見つけられません。
ps:
だから、私の足りない髪の毛も、きっと誰が足してくれるはずです。
今夜もそう星にお願いをして、眠りにつきます。
明日にはきっと、フサフサです。
post by ノリユキ at 13:50 | コメント・トラックバック(0)
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