2008年10月10日(金) [ ビジネス・おかね | にんげん・こころ ]
intro:
ピーマン・ショックだか世界同時バナナダイエットだか知りませんが、ここ最近、個人のお宅から世界経済まで、その台所事情は大騒ぎのようです。
でも、一連の金融不安が一体なんだってんでしょうか?
私なんて常に、頭髪が脱毛の危機にさらされています。
金融不安が広がるずっと前から、私のオデコは広がり続けているんです。
どうだ、凄いだろ。
悔しかったら私のハゲ頭、マネしてみても良いんですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
私たちが暮らすこの世界には、「物理的な空間」と「仮想的な空間」が混在しています。
もちろん物理的空間とは、物理で支配された空間のことです。
つまり、目に見えるモノが存在する実体ある空間のことです。
木漏れ日の中、そよ風が頬を撫で、鳥の鳴き声が聞こえる。
草原を犬が走り、隣ではアナタの大切な人が笑っている。
目の前に存在する、その当たり前の世界が、物理的な空間です。
これに対して仮想的空間とは、情報空間のことです。
物理の法則から開放されているかどうかは知りませんが、感覚的に言ってしまえば、実体がなく情報のやり取りだけで構成される空間のことです。
ゲームやインターネットによって作り出される世界なんて、まさに仮想空間。
自分の頭ん中にある記憶やイメージだって、仮想空間です。
私たちは、この物理的空間と仮想的空間が混在した世界にいて、日々それが当たり前のこととして暮らしています。
しかし、気がついていなければならない大切なことが1つあります。
それは、私たちの生活の中に占める仮想空間の割合が、日増しに増大しているという事実です。
直接に人と会話することなく、1日を過ごすことが可能な社会になりました。
その代わり、メールやネット・コミュニティーを介したコミュニケーションの比率が増大しています。
実体験から学ぶチャンスが減り、その逆にあふれんばかりの情報媒体(メディア)からモノゴトを知る機会が増えました。
そしていつのまにか、現実と非現実が逆転していく・・・
現在、リアルとファンタジーの区別が曖昧になりつつあります。
そして仮想的空間での出来事は暴走をはじめ、リアルに悪影響を及ぼしていく様になっています。
友達と直接話すよりメールで会話する方が自然になり、携帯電話がないと落ち着かない人が増えました。
ネットの人に復讐するために、リアルの中に車で突っ込み、リアルに向かってナイフを振り回す人が出てきました。
しかも、自分だってネットの人であることに気がついていません。
ゲームやアニメのキャラクターにしか恋愛感情が抱けない人も沢山います。
精子と卵子の結合によって誕生した自分の生命に対して、生まれてきた理由と生きる意味が必要になる人だって、珍しくありません。
物理的に最も恵まれたこの国では、自殺者が年間3万人を超えています。
仮想空間での出来事が肥大化し暴走しはじめると、リアルに大きな被害をもたらしていく様になるわけです。
そして今この様な状況は、世界経済にも重大な事態をもたらしています。
この物理的空間において行なわれる経済的な活動を、俗に「実体経済」と呼んでいます。
例えば、ラーメン屋に行ってラーメンと餃子を注文し、それを食べる。
食べ終わったら、支払いとしてお金を渡し、お店を出る。
お店もラーメンも餃子も、モノであり実体があります。
カタチはなくとも、店員さんの接客サービスだって、実体があります。
この様に現実のモノやサービスが、お金と交換されるといった具合に、実体のある経済システムを「実体経済」と呼んでいます。
まあ、当たり前って言えば当たり前の経済システムです。
ところが、実体がなく仮想的空間の中だけ、つまり情報だけで成立する経済システムが、この世界には存在します。
それは、金融システムです。
○○銀行○○支店の口座から1万円を△△銀行△△支店の口座に振り込んだところで、実際に1万円札の実物が動くわけではありません。
単に実体のない1万円に関する情報がやり取りされるだけです。
株が値上がりしたり下がったりするのも、別にその会社のモノが増えたり減ったりするわけではありません。
「価値」という実体のない情報の基準が、その株価を上下させます。
「買いたい」とか「売りたい」といった「需給」という名の欲望が、その株価を上下させます。
金融システムとは、実体のない経済システムなわけです。
それは、大いなるファンタジー。
お金がお金を生み出す空間です。
そしてこの金融システムも今、実体経済よりもはるかに大きくなっています。
例えば日本の外食産業の市場規模は、昨年1年間で24兆円くらいです。
でも、例えば日本の株式市場は、たった1日で3兆円を超えてみたりします。
実体ある経済の市場を全部ひっくるめても、金融市場はその3倍以上の規模があると言われています。
だから今、世界中で巻き起こっている金融不安は、他人事じゃないんですよ。
リアルとファンタジーは、私たちの世界で常に混在しています。
しかし、リアルとファンタジーが逆転し、実体なき空間での出来事が暴走しだせば、必ずリアルに被害が及んでいく・・・
貸し渋り、貸しはがし、物価高、失業、消費低迷、景気後退・・・
遠い向こうの物語だと思っていたファンタジーが、リアルな私たちの生活を直撃します。
だからね、私たちはリアリティーだけじゃ、幸せになれない。
ファンタジーが肥大化しているこの世界で暮らすためには、リアルだけでなく、ファンタジーも詳しく知っている必要があります。
今、私たちに必要なのは、自分には関係ないと思っていたファンタジーを、改めて見直していくことかもしれません。
ps:
今日みたいなお話は、どちらかと言えば私のもう1つのブログ「転がる水平線」の方でやってる話題です。
が、今日はこの手の話題にあんまり詳しくない人向けに、この「裸足のリーダー」でお話して見ました。
今日は、金融システムがファンタジーだというお話をしましたが、実は現代思想的な言い方をすれば、お金そのものがファンタジーです。
ま、そんな話は気が向いた時にでもまた。
今日は、自分のハゲ頭が実はファンタジーであることを祈るばかりですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
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2008年9月10日(水) [ にんげん・こころ ]
intro:
近頃のテレビを観ていると、若いだけで特にカッコ良くもない男の子達のことを「イケメン」と呼んで、もてはやしている光景をよく目にします。
今どきの女性って、若い男ならなんでも良いって風潮なんでしょうか?
随分と、くだらねぇ世の中になってきました。
私は、そんな世間に流されず、自分の道をひた走り続けるだけです。
さて話は変わりますが、先週から自称21歳で通すことに決めた私は、今どきの若者っぽく振舞うために、ズボンを下にずり下ろして街を歩いています。
近ごろ近所では、変質者が出没するって、もっぱらの噂らしいですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
ギリシア神話の中では、「パンドラの箱」というものが登場します。
色んな説がある様ですが、最も有名なのは
パンドラの箱を開けると、様々な災いが飛び出してきて、最後に残ったのは「希望」だった・・・
という内容です。
どんなに辛いことがあっても希望さえ捨てなければ生きていける、という様な意味で良く使われています。
でも、それは昔のお話です。
今どきのパンドラの箱は、一味も二味も違います。
だってね、その箱の中に入っている希望には、値札が付いてるんですもん。
今どきのパンドラの箱の中に入っているのは、「希望」っていう名の商品なんです。
近頃の「希望」は、胸に抱くものではなく、消費するために存在します。
この世に勝ち組と負け組みの2種類があるとするならば、負け組みはいつも希望を買います。
そして希望を売るのは、いつも勝ち組です。
この二極構造は、この世界が市場経済で成り立っている以上、変わることはありません。
ほら、世の中をよく見渡してみてください。
人が希望を与えてもらっているのは、みんな商品じゃありませんか?
セミナー、本、映画・・・
希望を与えてくれるモノには、みんな値札が付いています。
売っていない「希望」を探すのは大変なくらいです。
もちろん、希望が必ず売り物だとは限りません。
タダで希望を与えてくれる人だって、沢山いるはずです。
でも、そんな希望を与えてくれる人って、勝ち組です。
オリンピック、観ました?
喜びや希望を与えてくれた選手達って、勝ち組じゃなかったですか?
本来からすれば、
「希望」には需要があって、それを欲する人がいる。
そして、そんな需要を満たすために、それを供給する人がいる。
単にそれだけの話です。
別にたいしたことじゃ、ありません。
でもどうしたことか、今どきの人々って、そんな希望を買ってばかりの人と売ってばかりの人に分かれちゃうんです。
今どきの世の中って、希望は胸に抱くより買った方が楽みたい。
買って消費し、再び買って消費する・・・
希望って、繰り返し繰り返し浪費し続けことで、快楽を得るものなのかもしれません。
いいですかい?
別に私は、希望を胸に抱いちゃダメって話はしていません。
買ってはダメって話もしていません。
安易に手にするな、って話をしています。
希望を与えてもらい続ける生き方をするなら、たまには希望を他人に与えて
みたらどう?って話をしています。
希望とは、胸に抱くものです。
消費するものではありません。
希望を消費し続ける、そんなくだらねぇ生き方をするくらいなら、希望なんて持たない方が、随分と幸せに暮らせるはずです。
パンドラの箱の中に残ったそのモノは、自ら手にするのではなく、誰かに手渡すものであると心得るべきです。
ps:
上を見れば「希望を与えてもらった」と言い、
下を見れば「勇気を与えてもらった」と言う。
自分より下の人間が努力する姿を見て人は、勇気をもらうことはあっても、希望を感じることはありません。
現実って、そんなもんです。
ちなみに私は、上から見ても下から見ても、若ハゲらしいですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
post by ノリユキ at 12:36 | コメント・トラックバック(0)
2008年7月9日(水) [ にんげん・こころ ]
intro:
現在、大ヒット上映中の「花より男子ファイナル」。
もちろん私にソックリだと噂される小栗旬も、花沢類の役で出演しています。
うぅ・・・観に行きたい・・・
でも観に行く勇気がない・・・
だって、映画館には危険がいっぱいですから。
私が小栗旬と間違われちゃたら、場内は危険地帯に様変わりです。
女子中学生たちの「キャーッ!花沢類だーぁ!」なんて騒ぎ声は、静寂な空間を引き裂くナイフ・・・まさに凶器そのものです。
でも、全国の女子中学生の皆様方。
残念ながら、私はアナタたちに興味はありません。
だって僕の守備範囲ったら、R指定なんだもん。(* ̄∇ ̄*)ゞ テヘッ♪
お、今日もどうやらキマッたみたい。
さて、妄想はコレくらいにしておいて、このblogがビジネス系だってことを忘れちまわないうちに、さっさと本文へと移ることにしますぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
人は誰しも、ポジティブな面とネガティブな面の両方を持って生きています。
どうでも良いはずの過去を何度も振り返ってクヨクヨするくせに、都合の悪いことはスグに忘れてしまいます。
未来に臆病で一歩踏み出す勇気もないくせに、勝てる見込みの少ない宝くじやゲームには果敢に挑みます。
アナタも私も、プラス思考とマイナス思考を兼ね備えて生活を繰り返しているわけです。
ただ、前にも言いましたが、幸せ1グラムと不幸せ1グラムでは、どちらかと言えば不幸せの方が少しだけ重く感じるみたい。
ビルの屋上から、下を覗いてみるのと一緒です。
どんなに落ちる確率が少なくても、自然と足がすくみます。
警戒心、恐怖心・・・
でも、人はそうやって、万が一の危険性を回避しています。
だから、ネガティブな感覚がポジティブな感情を上回るのは、当然の結果ですし、悪いことでもなんでもありません。
行動できないこと。
前に進めないこと。
それって全然、恥ずかしいことなんかじゃありません。
むしろ、大切な感覚です。
ただ、人はいつも、その場に立ち尽くしていて大丈夫なわけじゃありません。
時には、前に進まなくちゃいけないことだってあります。
だからそんな時は、ちょっとだけ勘違いしてみる。
ネガティブに重く感じる分だけ、自分自身に勘違いしてみる。
それが大切です。
人が行動をはじめる時って、実はその多くが結果に対する「確信」ではなく「勘違い」です。
例えば起業家なんてのは、結果的にその多くが事業に失敗します。
起業して5年後に残っているのは、4割程度なんて言われているくらいです。
でも、「私になんて出来るわけがない」と思っている人間が、起業するわけがありません。
彼らはみな「俺なら出来る」と思ってやってるんです。
他人には出来ないことでも、自分には出来る・・・
そう思って人は、行動します。
その結果、上手くいく人もいれば、上手くいかない人もいます。
でも、やってみなくちゃ結果なんて出ないんです。
で、やってみて上手くいかなくとも、再起できないくらいに追い込まれることなんて、そう簡単にはありません。
その多くは、喉もと過ぎれば熱さ忘れる程度の代物です。
過ぎてしまえば良い思い出。
そんなもんです。
だから、前に進まなくちゃいけない時は、勘違いしてみることが大切です。
自分自身に、思いっきり勘違いしてしまえば良いんです。
「やってみれば、何とかなるって。だって僕ってスゴイから」
「やってみれば、どーにでもなるって。だって私はイケてるし」
ちょっとバカっぽいですが、でもそう思ってやってみることが大切です。
勘違いで良いじゃないですか。
やってみて上手くいったら、勘違いした分だけお得です。
もちろん、やってみて上手くいかなくても大丈夫です。
だってサクセス・ストーリーは、常に挫折と共に始まるんですから。
やってみてダメだったその瞬間、新たなヒーロー・ヒロインの誕生です。
私なんて、自分の中のヒーローは、いつだって自分自身です。
だからね。
ちょっとだけ、勘違いしてみる。
そして、
とりあえず、やっとく。
それが大切です。
やってみた瞬間、アナタの中では新たなヒーロー・ヒロインが誕生するはずです。
ps:
最近、私が小栗旬に激似だと言い張るその姿に、痛々しさを感じる人が急増中だそうです。
温暖化の影響でしょうか。
今回の北海道洞爺湖サミットでは、ぜひCO2削減の実現化に向けて、頑張ってもらいたいもんですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
post by ノリユキ at 11:30 | コメント・トラックバック(0)
2008年6月18日(水) [ にんげん・こころ ]
intro:
周知の通り私は、一流のワルとして世間にその名を轟かせている男です。
ですから私は、きっと女性達からモテモテのはずです。
だって、ワルなんだもん。
ワルな男がモテるのは、世間の常識です。
お母さんが、そう言ってました。
もし「抱かれたい男(メルマガ作者編)ランキング」というものがあるとすれば、絶対に私はランク・インするはずです。
少なくとも、第3位は確実です。
私ったら、なんて控え目な男なんでしょう。
だって、「ナンバー1とナンバー2は他者に譲る」って言ってるんですよ。
きっと私のその控え目なところが、母性本能をくすぐり、世の女性達を魅了し続けているに違いありません。
あ・・・
たったいま私はアナタの中で、「今すぐ殴ってやりたい男ランキング」のナンバー1に輝いた様な気がしてきましたぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
そう言えば数年前、スマップが歌っていた曲に、「世界に一つだけの花」という大ヒットソングがありました。
200万枚以上、売れたんでしたっけ?
でも私は、あの歌詞があんまり好きじゃありません。
「ナンバー1にならなくても良いから、オンリー1でいよう!」
「もともとアナタは特別な存在なんだから、特別な花を咲かせよう!」
そんなメッセージに私は、全く共感できませんでした。
確かにあの歌を聴いて、多くの人は癒されたのかもしれません。
私たちはみんな、はじめから特別な存在・・・そう言うことで、なんだか「平等」という括りの中に自分が納まったような気がしてきますから。
でも、それは単に現実から目をそらすことでした。
そうやって自分と社会を誤魔化ている間、私たちが住むこの国では、確実にワーキング・プアを生み出し続けていたんですから。
明日の生活すら不安を覚えるようなネットカフェ難民となっても、オンリー1な存在であれば、アナタは満足ですか?
私たちが生きる現実は、もっとシビアなはずです。
私たちの住む社会は、競争社会です。
ナンバー1、ナンバー2、ナンバー3・・・そんな風に、いつの間にか順位が貼られます。
そしてランクから外れた人たちは、「その他大勢」と呼ばれます。
ランク外の人たちは、自分が「オンリー1」となれる場所を探します。
でも、「オンリー1」とは、小さなセグメントの中でナンバー1になるということです。
「オンリー1」という名のレースで才能を見出せなければ、再び巨大なレースに巻き込まれてしまいます。
ひょっとしたらオンリー1になることの方が、恐ろしく孤独で過酷な戦いなのかもしれません。
おまけに人は、もともと特別な存在ではありません。
私たちは、ありふれた平凡な花、その1つひとつに過ぎません。
大都会の交差点、向こう側から歩いてくるおびただしい人波を見て、アナタはその人たち1人ひとりが「特別な存在」だと思えますか?
正直な話、「その他大勢」にしか見えないはずです。
そして相手だって同じく、交差点の向こう側にいるアナタや私は「その他大勢」にしか映らないはずです。
みんな、特別な存在なんかじゃありません。
だからみんな、特別な花になりたがります。
特別な花を目指し、孤独なレースを走り続けてしまいます。
でも、アナタにも私にも、きっと「特別な存在」となる誰かがいるはずです。
それは、子供だったり親だったり、妻や恋人、友達や恩師だったり・・・
もちろん、アナタも私も、誰かにとっては特別な存在のはずです。
みんな、特別な存在じゃないはずなのに、自分にとって特別な存在がいるわけです。
なぜ?
どうして?
それは、「関係性」です。
人は人との関係の中で生きています。
人との結びつきが、アナタにとって特別な存在を生み出しているんです。
同様に他者との関係性が、アナタを誰かにとっての特別な存在にしています。
そこに気がつかなければ、いつまでも人は孤独なレースを走り続けることになります。
自分の花を咲かせるために、自分自身に一生懸命になっても、特別な存在にはなれません。
どんなに自分自身を見つめたところで、特別な花を咲かせることなんて、出来ないんです。
誰かを大切にし、誰かに大切にされることで、はじめて人は特別な存在へと育っていきます。
でもね。そうは言っても世の中は自分の都合の良い方へと、簡単には回り出してくれません。
頑張ってみても、上手くいかないこともあります。
自分の思いが他人に通じないことなど、ざらです。
そうやって、人はその矛盾の中で、傷つき打ちのめされます。
リーダーとは孤独なものです。
上司という立場でなくとも、部下として新人として、また夫として妻として、親として子供として、恋人として友達として、人は時に孤独に陥ります。
だからね。
私は何度だって言います。
別に人は、特別な花を咲かせなくとも良いんですよ。
既にアナタは、特別じゃなくとも花を咲かせています。
人は、ありふれて埋もれてしまう花でも、十分です。
だって、花は花なんだもん。
特別になりたけりゃ、他人と自分を大切にすれば、それでOKです。
もしアナタが暗闇の中、自分の今いる場所に戸惑ったり不安を感じたりしたら、そっと心の中で自分の名前をつぶやいてみて下さい。
自信を持って、自分の名前を口にしてみてください。
名もなき花など、どこにもありません。
ps:
社会に追い詰められるならまだしも、自分で自分を袋小路に追い込む必要はありません。
世の中の歩き方を少しでもわかっていれば、秋葉原という街の風景を楽しむらいの余裕は持てたのかもしれません。
どうやら私の中ではまだ、秋葉原無差別殺傷事件が心の片隅に残ったままの様です。
さて話は変わりますが、そう言えば「ドラゴン桜」の中でも桜木弁護士が、「オンリー1とは、小さなセグメントの中のナンバー1だ」みたいなことを言ってた様な気がします。
ちなみに私は、「若ハゲ、若白髪、老け顔、でも小栗旬に激似と言い張る男」という、誰もいないセグメントの中でナンバー1のはずです。
孤独なオンリー1とは、何を隠そう私のことみたいですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
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2008年3月27日(木) [ あたま・ノウハウ | にんげん・こころ ]
intro:
4月から始まるフジテレビの月9はキムタクが主演を飾るそうで、話題になってるみたいです。
不思議に思うのですが、そんなにキムタクって男前なんでしょうか?
たった今、私の鋭い頭脳を用いてキムタクと私の違いを分析してみました。
が、残念なことに、たいした違いなど見当たりません。
単にキムタクの方が私よりちょっとだけ、顔が良くて、スタイルが良くて、センスが良くて、髪の毛がフサフサなだけです。
彼が私より勝っているのは、たったの4つしかありません。
ん?
ということは、それ以外は同等か、ひょっとしたら私の方が勝ってるかもしれません。
おぉ!!
なんだか、生きる勇気がわいてきましたぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
別に望むのであれば、金も地位も名誉も、どんどん求めちゃえば良いと思います。
ずっと前にもお話しましたが、「金儲けは汚い」とか言う人間の方が、よっぽど汚い生き方をしています。
→ お金の話
だから遠慮はいらない。
思いっきり欲するんだ。
大金が欲しければ、一心不乱にその目標へと突き進むべきです。
でもね、それに振り回されちゃいけない。
ここ数回、私はそんなお話をしています。
世の中には、くだらない「成功」が溢れています。
そして、そんな「成功」という文字に目がくらみ、躍らされている人達も溢れかえっています。
欲望を制御できない姿は滑稽です。
望んだものは、いつまで経っても手に入りません。
成功するどころか、「自己投資」という名の単なる消費を繰り返す、ネギを背負ったカモへと成り下がります。
さて、そんな話をしていると、まるで私が「成功」という文字の付くものを売ったり買ったりしちゃいけない、なんて誤解されてしまうかもしれません。
もちろん、そんなことはありません。
望んだものを手に入れるためには、使えるものは使わなくちゃいけません。
ですから、「成功」なんて言葉があるなしに関係なく、必要なものは買うべきですし、有効に利用すべきです。
つまり私が言っているのは、「モノや時間は有効に使え」ということなわけです。
小学校で習っても良いくらいの、単純なお話です。
欲に目がくらんだ人って、売り文句に踊らされるわけですから、必要のないものまで買ってしまいます。
必要のないものを買い、お金と時間をムダにしていきます。
欲に目がくらんだ人って、そのことにいつまで経っても気がつきません。
必要のないものを必要であると勘違いして、お金と時間をムダにし続けます。
多くの人が、勘違いをしています。
成功するために自分にとって必要な情報やツールなど、実はそれほど多くはありません。
ビジネスに関する本だって、読むことに意義ある本は一握りです。
しかし踊らされている人には、その区別がつきません。
勝手に行間を読み込もうとしてみたり、文章の裏に潜む作者の意図を都合よく読み取ろうとしたりします。
そうやって、自分で自分に言い訳を作ります。
そんなに行間を読みたけりゃ、ビジネス本なんて読まずに小説でも読んでりゃいいんです。
そっちの方が、確実にタメになるはずですから。
いいですかい?
本当の意味で自分を成功させる要因なんて、自分の周りにはありません。
だって既にお話した通り、成功とは他人にマネされない独自性の部分にあるわけですから。
要するに、成功要因なんて、自分の内側からしか生まれないんです。
もちろん、走り出すためには準備が必要です。
最悪な事態を想定して、念入りに準備することは大切なはずです。
でも、そればっかりに一生懸命になっていれば、あれもこれも必要であるかのように思えてきます。
そうやって単なる石ころが、大切なパンに見えてきます。
石ころをたくさんリュックに押し込んで、重たい荷物でますます身動きが取れなくなってしまいます。
でもね。
さっきも言ったとおり、成功するために必要な情報やツールなんて、それほど多くはありません。
ましてや成功そのものを約束するモノなど、確実に存在しません。
ですから、走り出すことが肝心です。
走り出してしまえば、石ころなんて拾ってるヒマなどありません。
もう一度言います。
成功するための決定的な要因は、自分の内側にしか存在しません。
「実践」というの名の試行錯誤の中でしか、人は成功を手にすることが出来ないんです。
それが世の常と、心得なさい。
post by ノリユキ at 13:09 | コメント・トラックバック(0)
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