2007年7月6日(金) [ あたま・ノウハウ | にんげん・こころ ]
intro:
私の友人たちは、私の可愛い髪の毛たちを
「自立心の低い髪の毛」
と言って嘲笑います。
自立できずに直ぐに抜けてしまうということを、わざわざ比喩を用いて表現するその姿勢が、実に私の友人らしくてムカつきます。
でも、彼らは大きな過ちを犯しています。
私の可愛い髪の毛たちは、自立心が旺盛なんです。
旺盛すぎて、直ぐに私の元から旅立ってしまいます。
「可愛い子には、旅をさせろ」とは、よく言ったものですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
同じ職場、同じ職務で働いていても、人によって仕事の量は違います。
たくさん仕事を抱えている人もいれば、ヒマを持て余している様な人もいるわけです。
で、そんな仕事量の違いは、働く人それぞれの“自立性”の違いによって左右されるケースが、割と多いみたいです。
自立心の高低で、仕事の量は決まります。
もちろん私がそんな話をすると、みんな気が付いたように「うんうん」と頷きます。
「自立できない人って、仕事だってほとんど人任せだろうしね」
「自立できてる人って、責任感があるから仕事を抱え込んでしまうんだろうね」
なんて具合に。
ほとんどの人は、自立できない人の仕事量が少ないって思っています。
でもね、違います。
自立できていない人ほど、仕事をたくさん抱え込んでしまうんです。
私達を取り囲む社会は、結構複雑に出来てます。
独りじゃ抱えきれないくらいの問題が、ゴロゴロと転がっています。
おまけに人って、デコボコです。
長所もあれば、短所もあるわけです。
ですから人は、自分1人で何もかも背負うことなんて出来ません。
なのに、自分ひとりの力で何もかもやろうとする人がいる。
そんな人は、色んなものを抱えきれずに潰されてしまいます。
自分1人の力で立つことなんて、出来ないんです。
自分の力で立ち上がるためには、余計な荷物は他人に持ってもらわなくちゃいけません。
児童健全育成推進財団の常務理事である鈴木一光氏は、こんなことを言っています。
福祉の世界で自立というのは、自分が苦しいときや出来ないことは人に任せられることを言うんです。
「テレビ寺子屋」第1538回<自立する心を育てる>より
世の中の価値観で間違っているのは、自分1人の力で何もかも出来ることが自立だと思っていることです。
もちろん、単純明快で平穏な世の中なら、それも通用したことでしょう。
でも、複雑な社会では、そんな価値観は時代遅れです。
何度でも言います。
人間って、決してスマートな生き物じゃなく、デコボコしてます。
長所もあるけど、それ以上に弱点だらけです。
だから、自分1人の力で立って生きていこうとするのであれば、自分に持てない荷物は他人に預けるしかありません。
自分の出来ないことは、他人にやってもらう。
そして、他人に出来ないことで自分に出来ることは、率先して自分が引き受ける。
それが、自立できる人です。
他人に何かを任せられない人は、自立心が旺盛なわけでも責任感が強いわけでもありません。
プライドが高いか他人を信用できない、もしくは必要以上に他人に遠慮し過ぎて生きている、そんな自立心の低い人なんです。
ですから、仕事だって同じです。
たくさんの仕事を抱え込んでしまう人って、自立できない人です。
自分が不得意な仕事は、それを得意とする人にお願いする。
自分が大変な時は、他人の手を借りる。ネコの手だって借りる。
そして、自分に出来て他人に出来ない仕事は、その空いた手をそっと差し伸べてあげる。
それが自立できる人であり、仕事をする時の基本です。
ps:
自立心旺盛な私の髪の毛たちは、手を取り合って一斉に旅に出かけてしまいました。
「髪の毛くん、毛髪ちゃん、お父さんは指折り数えてアナタ達が帰って来るのを待ってますからね」
なんだか寂しくて、泣けてきましたぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
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2007年5月11日(金) [ にんげん・こころ ]
intro:
一流のワルで名の通った私は常日頃、イメージトレーニングを欠かすことはありません。
毎朝、鏡の前で自分自身に向かって元気良く挨拶します。
「おはようございます。速水もこみてぃーです!」
こうやって毎朝セルフ・イメージを潜在意識に刷り込んでいる私は、確実に今日も速水もこみちに激似のはずです。
どうだ凄いだろ、羨ましいだろ。
でも正直なところ、何度見ても鏡の中に映っている私は、「速い水」と言うよりも「温い水」・・・
温水洋一の方がお似合いみたいです。
一流のワルにとって世間の風は、いつだって冷たいようですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
「逆セクハラ」
そんな言葉が、珍しくもなんともない時代になりました。
今年4月1日より施行された改正男女雇用機会均等法では、逆セクハラの禁止が盛り込まれています。
以前はセクハラと言えば、男性から女性への性的虐待・嫌がらせだとの認識しかありませんでした。
が、現実にはその反対も横行しているという実態があります。
「逆セクハラなんて、自分にはあり得ねー」なんて思っている女性の方も多いようですが、それは認識不足です。
胸元が大きく開いた服を着ていると、セクハラに該当する可能性があります。
「週末は彼女とデート?」など恋愛事情を尋ねることもセクハラになる可能性があるんです。
もちろん、男性固有の身体的特徴を話題にしても、セクハラです。
ですから、もう私は誰からも「ハゲ」と呼ばれなくなります。
素敵な世の中になってきました。でも、ちょっと寂しいかも。
あ、話がそれました。
「ついにコレですか・・・」というニュースが先日ありました。
「夫が“逆DV”妻を絞殺…携帯のエロ画像盗み見されウッ憤爆発」(SANSPO.COMより)
ついに「逆ドメスティック・バイオレンス」という言葉までが踊り出す時代になったようです。
う~ん・・・正直言いますが、多くの女性にとって生き難い時代が訪れているようです。
「男女平等」という名のもとにね。
一見「男女平等」というと、女性にメリットばかりがあるように思われます。
でも、女性は社会人として、新たに責任を負わねばならない側面も増えてくるんです。
ある意味、男女平等が進んでいくと、男よりも女の方が大変になっていくのかもしれません。
例えば、女性が大声をあげたり、皿や雑誌などを投げつける行為。
今までならそれは単に「ヒステリック」という言葉で片付けられていました。
でも、男女平等のもとでは、明らかにそれは暴力です。
女性であっても、社会的制裁を受けなければならないケースが出てきます。
例えば、男性社会において男は皆、「働く」だけでは許されません。
男は働いて「家族を養う」ことが当然の義務として常識化します。
ですから男女平等社会になると、女性は「働きたい」だけは済まされません。
働いてその収入で「家族を養う」ことが当然視されます。
その気のない女性は、「ダメなヤツ」と呼ばれます。今までの男と同様に。
これからの女性は「玉の輿」に乗っても、喜んでいられません。
夫ではなく妻が義理の父の会社を継いで働かねばならない、そんな可能性も出てきます。
となると今後、経営者の息子は仕事の出来る女性を捕まえて結婚すれば、働かなくてもOKです。
奥さんに会社を継いでもらって、自分はセレブな専業主夫です。
「逆玉の輿」に乗った男性も義父の会社を継ぐ必要はなく、次期社長の奥さんを家庭で支える専業主夫になることが可能です。
セレブな旦那様同士で昼は優雅にホテルの高級ランチを食べながら談笑。午後はお買い物に英会話、そして趣味のサークル活動などなど。
そんな優雅な生活だって出来るんです。
ヨン様ならぬ「リア・ディゾン様」を追っかけながら西へ東へと奔走できますし、キャラクター・グッズだって買いまくりです。妻の働いたお金でね。
「男のクセに」なんて言わせません。つか、それは男性蔑視の言葉であり、セクハラです。
男だって、家のことをきちんとやっていれば、文句を言われる筋合いはなくなるんです。
おぉ!
何てパラダイスなんだっ!
働きたがらない男達が増え、家事の上手な男性が増えているこの今、男達にとって男女平等の社会は夢の楽園です。
・・・とまあ、今挙げたのは極端な話です。
が、それにしても男女平等社会の過渡期である現在、今まで以上に生き辛くなっている女性が増えているのではないでしょうか。
親や彼氏、夫の前では女らしさを求められ、社会の中では男と同等に働くことが要求される、とかね。
水平型の人間関係を構築したがる性質を持つ女性にとって、組織というピラミッド構造の中での人間関係は、男性以上にストレスを抱える人も多いかも。
さて、男女平等社会になったときの例を色々と挙げてみましたが、これらの話に対してアナタはどう感じたでしょうか?
同感したり、ムカついたり、違和感を感じたり、喜んでみたり・・・
きっと人それぞれ、感じ方が違うと思います。
これは、単純に「男と女」では区切れない、複雑な構造です。
先に挙げた様な社会に今後なることを、歓迎する女性もいれば不快な思いをする女性もいます。
喜ぶ男性もいれば、嫌がる男性もいるはずです。
同じ社会で暮らしていても、それぞれの立場や考え方、倫理観やポリシーによって、それぞれ感じ方が違ってくるわけです。
1つの事象が不快にも爽快にも感じられます。
要するに、世間に冷たい風もぬるま湯もありません。
自分がどのポジションにいるかどうかで、世間に冷たい風を感じたり、逆にぬるま湯にどっぷりと浸かってられたりするんです。
自分が今いるこの社会の中で、この業界の中で、この組織の中で、この家庭の中で、この仲間達の中で、どう振る舞いどう行動するか?
その立ち位置によって、自分自身の幸せ感や充実感は変わっていくはずです。
だからアナタにとって大切なのは、自分を取り囲む環境に振り回されるんじゃなくて、自分の立ち位置を見つけることです。
そのために必要なこと。
それは、この社会の仕組みとこの社会が今置かれている状況をよく理解すること。
同じく、アナタが所属する組織や業界の仕組みや状況をきちんと把握することです。
その仕組みや状況によって、自分の立ち位置を考えていきます。
立ち位置を間違えれば、アナタは必要以上に苦しむ事になります。
頬を撫でる温かい風も、冷たく感じる事になってしまいます。
逆にその仕組みや状況に合わせて的確なポジションにいれば、きっとアナタの今いる場所は底なし沼から景色の良い露天風呂へと早がわりです。
もちろん私は、体制に全て従って生きろと言っているわけではありません。
自分の貫くスタンスはきちんと突き通す。
そうでない部分には、余計な気も力も使わない。
そうやって生きた方が、随分と楽しく暮らせそうです。
冷たい風もぬるま湯も。
どんな風にあたるのか、どんな水に浸かるのか、自分の意思で決める。
そういった選択が、必要な時代です。
ps:
温水洋一と呼ばれようが、私は速水もこみちを貫き通します。
でも、もう飽きちゃったかも。
それが俺の生き方なんですぜ。 ┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
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2007年3月28日(水) [ ビジネス・おかね | にんげん・こころ ]
intro:
一流のワルで名の通った私は、何と言ってもその生き様がカッコいい。
熱いハートなら誰にも負けません。
いわゆる「燃える男」とは、何を隠そう私のことです。
「髪の毛も燃えちゃったから、それだけしかないんですね」
ハゲで悪かったな。
でも、その言葉に私のハートは、風前の灯火です。
「つか、そもそも灯火ほどの髪の毛も残ってないじゃん」
わかった。わかったら、もうそれ以上言うな。頼む。
今まさに私のハートは、真っ白な灰になっちまったようですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・(矢吹ジョー風)
main:
最近ようやくトーンが落ちてきた気はしますが、それでもいまだに
「楽してお金を稼ぐ方法」だとか
「億万長者の成功法則」だとか
「1億円を稼ぐノウハウ」だとか
その手のキャッチコピーが、ゴロゴロと転がっています。
で、そんな情報を垂れ流す人たちとそれに群がる人たち。
「売れれば、何だっていい」
「儲かるなら、何でもする」
まあ確かに、それもありです。
売る側って、需要があるから売るわけですし。
需要がなければ、叫びません。
でも、所構わずそこら中で派手に騒がれても、通りすがりの私の方が見ていて恥ずかしくなってしまいます。
中にはちっとも儲かってないのに、「月1000万円を稼ぐ私の成功ノウハウ」みたいなやつを売ってる人もいるみたいですし。
思うんですが、もう少しスマートに振舞えないものなんでしょうか?
売る側も買う側も。
もちろん、そんなことを私が言うと「内心は嫉妬してるんだろ」だとか「ホントは自分だって儲けたいと思ってるくせに」なんて思う人もきっといるはずです。
でも嫉妬だとか憧れの裏返しとか、そんなこととは全く毛色が違うところで、私はお話しています。
ごく一般的な感覚の人からみれば、目ン玉を¥マークにして生きてる姿って単純に、そして素直に
「カッコ悪いだろ」
そう思えるだけの話です。
理屈以前に、センスの問題です。
ただひたすらカッコ悪いんです、そんな人って。
私のハゲ頭よりカッコ悪い。
「そんな人とは、友達になれない?」
ええ、なれませんねぇ。
「またまたぁ。でも、そんな人から『1億あげるから友達になって』って言われたら友達になるくせに」
そうですよ。当たり前じゃないですか。
1億円と引き換えなら、友達になってあげます。
1000万円でもOKです。
で、やっぱりウマがあわないと思ったら、友達を解消すればいいだけです。
「1億円じゃ安すぎるよ」
ってね。
さらにお金を積んでもらうか、それが出来なきゃ絶好です。
当たり前じゃないですか。
メリットがないのであれば、そんな恥ずかしい人とは、いつまでも付き合っていられません。
人は、パンツをはいて生活をする生き物です。
なのに、「楽して毎月ウン万円儲かる!」みたいな言葉に、目の色変えて飛びついて周りが全く見えなくなってみたりと、
まるで昼間っから下半身丸出しで街中を歩いてるような、そんな態度で生きてる人がそこら中にいるわけです。
お下品でございますわ、おほほほほ。
「恥ずかしくはないんですか?」と素直に思ってしまう私は、きっとごく普通のセンスはずです。
別にお金のためにあくせく働くのは、悪いことではありません。
つか、大切なことです。
お金のために何かを犠牲にする。
それだって、ありでしょう。
でも人間なら、人前でパンツをはくのは最低限のマナーです。
ましてや最近は、ペットですらパンツやズボンをはくご時世です。
大人なんだからパンツを下ろすタイミングくらい、自分で時と場合を見計らってやるべきなんです。
「人間なら、さり気なくやりなさい」
私はただ、そう言ってるだけです。
下心を丸出しで生きていたって、誰ひとり幸せになんかなりません。
それが現実です。
人並以上にお金を稼げるようになっても、それが永遠に続くとは限りません。
上り坂があれば、いつかは下り坂がやってくる。
そっちの方が、自然の摂理です。
でもね。
人は一端上げてしまった生活レベルからは、なかなか降りれないんです。
そして、そのギャップが落とし穴になります。
それが不幸の始まりなんです。
私は、数多くのそんな人たちを見てきました。
そして、そんな人の中には、何を隠そうこの私自身がいたこともあるんです。
もう割りと前の話ですけど。
だから、決して他人事のつもりでお話してるわけじゃ、ありません。
「どう稼ぐか?」
それって、大切です。
でも、それ以上に
「今あるお金を、どう使うか?」
そっちの方が大切です。
来る日も来る日も、汗水垂らしてようやく手に入れた雀の涙ほどのお金。
それでも日々仕事があって働いていける日常に、感謝して笑顔で暮らす。
そんな人に勝る金持ちなど、この世に一度たりともあった例(ためし)はありません。
ps:
あ、今なんか俺、カッコいいこと言っちゃいましたあ?
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
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2007年1月24日(水) [ にんげん・こころ ]
intro:
一流のワルで名の通った私はよく、「明けない夜はない」を「ハゲない夜はない」と聞き違いしてしまいます。
ですから、私を慰めようとそんな言葉を発した相手は、私の膨れ面の意味がわかりません。
私って、つくずく罪な男です。
ただ私の場合、頭が毛深くないのと同様に、罪深くも生きていけないタイプです。
そんな自分の態度にちょっぴり罪悪感を感じます。
ですからそんな時の私は、そんなハゲあがったオデコをそっと照明に照らしながら、
「あーホントだぁ。眩しい太陽が昇ってスッカリ夜が明けちゃったぁ」
なんて具合に、その場の雰囲気を誤魔化します。
世にも悲しい物語ですぜ。 ┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
「The night is long that never finds the day.」
俗に
「明けない夜はない」
と訳されるこの言葉は、シェークスピアの「マクベス」に出てくる台詞です。
「今が苦しくても、必ず幸せな時はやってくるから」
という意味で日常的に使われているので、多くの人がご存知かと。
多くの人たちが、この言葉に励まされていると思います。
ただねぇ・・・
如何せん、そのシチュエーションが暗い。
いや、別に言葉が悪いとか言ってるわけじゃ、ありません。
希望ある良い言葉だと、純粋に私は思ってるんですから。
ただ、この言葉を噛み締める当事者って、要するに“今が夜”なわけです。
辛い時期、切ない時期に、この言葉を噛み締めるわけです。
ですから中には、暗い夜よりもずっと暗い心で夜明けを待ってる人がいます。
不安で眠れない夜を過ごしたり、眠い目を擦りながら朝が来るのを待ち続けたり。
夜が明けるのをジッと堪えながら、今か今かと待ち続けます。
なんか、暗いんです。
暗いのは夜じゃなくて、その人そのものです。
でも、夜明けを待とうが待つまいが、夜はやがて明けます。
だったら、ノンビリと構えてりゃ良いのに。
どうせ夜は明けるんだから、ノンビリと寝て待ってれば良いのに。
って、そう思うわけです。
朝を待ち続ける夜って、長いもんですぜ。
「明けない夜はない」
確かに、その言葉はドラマティックです。
でも、その言葉の持つドラマ性に惑わされて、自分が悲劇のヒーローやヒロインを演じちゃダメです。
そんな時は、素朴に生きてきた人たちの言葉を思い出してください。
「果報は寝て待て」
幸せは何れやって来るんだから、焦らずにノンビリとその時期を待て。って、そんな意味の諺です。
決して飾らず、日常を淡々と過ごしてきた人たちが、昔から語り継いできた言葉です。
いいですかい?
一時的な高揚感だけしか得られない、値段が高いだけのセミナーやら集まりが、いまだに巷ではゴロゴロと転がっています。
でも、肩肘張らずに楽しく生きてきてく、そんな人の知恵はずっと昔からアナタの側に転がっているはずです。
ps:
ちなみに The night is long that never finds the day. の訳ですが
「明けない夜はない」と訳すのは誤訳で
「長い夜は明けない」と訳す方が正しい
とかなんとか、色んな意見があるみたいです。(気になる方は、「誤訳の思想」辺りでもご参照くださいな)
ps:
さらに余談ですが、「果報は寝て待て」という諺に対応する諺が外国にもあります。
The net of the sleeper catches fish.(寝ている人の網に魚がかかる)
ま、私の場合、ハゲない夜はありませんし、産毛は寝て待っても生えてきませんけどね。
網にかかるどころか、端にもかかりませんぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
ps:
さて、そんな私はこれから名古屋へと向かいます。
3日ほどの滞在です。
post by ノリユキ at 12:46 | コメント・トラックバック(0)
2007年1月1日(月) [ にんげん・こころ ]
intro:
あけおめっ!
あ・・・いや、ちょっと言ってみたかっただけです。
明けましておめでとうございます、小林のりゆきです。
さて、一流のワルで名の通った私ですが、新年早々良いこと尽くめです。
まずは今年の西暦が、2007年だということ。
何となくラッキーセブンが付いてるせいか、カッコ良さげです。
ですから、カッコ良さつながりで、今年は私にピッタリの年です。
さらに今年は猪の年。
私は獅子座なので、「いのしし」とは「しし」つながりで、とっても縁起が良いわけです。
強引ですが、まいっか。
で、以上を踏まえて総合的に判断すると、今年もやっぱり私は飛躍の年になるみたいです。
今、決まりました。
もちろん、去年飛躍したのはオデコの面積拡大だけ、って話は内緒ですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
闘う思想家、須藤元気の衝撃的な引退宣言に、未だ動揺を隠しきれない私は、年明けを目の前に想ったことがあります。
「百戦錬磨」
スポーツに限らず、競争の原理で成り立つ私達の社会では、何かと他者に勝ることが要求されます。
嫌だと言っても、そういう世の中です。
ですから、勝つ人は世の中から評価されます。
でも、だからと言って常に勝ち続けなければ評価されないというワケでもありません。
「百戦錬磨」
百回戦って百回勝つことではありません。
百回戦って磨きぬかれたということです。
もちろん人は、勝つことを目標に戦います。
でも、百回戦って百回勝てるわけじゃありません。
きっと勝つことだけが戦う理由なら、それは続きません。
勝った負けた以前に、それを「やりたい」から、人は戦い続けるんです。
大きな目標や、綿密な計画も大切かもしれません。
でも、本当に大切なのは行動です。
50回負けて50回勝っても。
99回負けて1回しか勝てなくとも。
そこにいるアナタは、間違いなく磨きのかかったアナタです。
少なくとも私は、そんなアナタの背中に拍手を贈ります。
ps:
ちなみに私は、百回戦わなくともオデコは勝手に磨きがかかってツンツルテンです。
では、今年もヨロシクお願いします。
post by ノリユキ at 16:13 | コメント・トラックバック(0)
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