オセロ・ゲーム

intro:

眠れない夜・・・

そんな時、私は布団に包まったまま、ぼんやりと考えることがあります。

「もし、私という人間が存在しなければ、私にソックリな小栗旬という人間も存在し得ないのではないだろうか?」

ということを。

ひょっとしたら私と小栗旬は、一心同体・・・いや、表裏一体なのかもしれません。
なんだか、そんな気がしてきました。

それは、まさにオセロの石(駒)の様。

私の裏を返せば、小栗旬。
小栗旬の裏を返せば、私。

そんなオセロの石の様な関係なのかもしれませんね、私たちは。

もちろん、どちらがオセロの黒い面を担当し、どちらが白い面を担当しているなのかなんて聞くのは、野暮ってもんです。

ハゲてる方が私で、フサフサの方が小栗旬に決まってますぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
 

main:

二項対立・・・

私たちが住む世界は、相対的です。
そして相反するモノゴトは、表裏一体となって常に存在しています。

表と裏、陰と陽、右と左、真実と虚構、小林ノリユキと小栗旬・・・

最後の例えだけは何となく非難されそうな気もしますが、とりあえずモノゴトは常に表裏一体となって1つのカタチを彩っています。

表がなければ、裏もありません。
右がなければ、左もありません。

私たちは、相反するモノゴトを切り離したまま生きていくことは出来ないわけです。

もちろん、これはビジネスの世界でも同じです。
以前にもお話しました(参照:ネギカモ)が、「狩る」という言葉の裏っ側は、間違いなく「狩られる」です。

 

1つの概念がある。

それを買い手の利益の側に立って説明する。
でもそれは、売り手にとって不都合なこと。

今度は逆に、同じ概念を用いて、売り手の利益の側に立って説明する。
しかしそれは、買い手にとって不都合なこと。

同じ概念をそれぞれの別の立場でお話したら、全く逆の効果が生まれます。

が、両方の話は何一つ矛盾しないはずです。

表も裏も常に一体。
賢い消費者の思考法を反転させると、実は賢い販売者の思考法と一致するわけです。

その様子は、さながらオセロの石(駒)の様。

白い面を裏返せば黒に、黒い面を裏返せば白に。
しかし、白い面も黒い面も、同じ1つの石であることには変わりありません。

 

1つの概念が持つ1面は、反転することで全く正反対の顔を覗かせます。

白い面から、黒い面へ。
黒い面から、白い面へ。

ですから、この世界はまさにオセロ・ゲームです。

相対する利害を持った者同士が向き合い、同じ1つの概念を、自分の側の利益に基づいて反転させ合うゲームです。

でも、ひょっとしてアナタは、自分の手駒が白なのに、黒い面で戦おうとしていませんか?
例えば、消費者と販売者のオセロ・ゲームであるのに、

「この人に営業をかけたら、嫌われちゃうかも・・・」
「無料で配布したものを有料にして売ったら、嫌われちゃうかなぁ?」

なんて考えてしまうとか・・・

相手の利益を考えながらビジネスを展開することは、確かに大切です。
でも、そのために自分の利益を犠牲にして何も動かずにいるのであれば、それは意味の無いことです。

アナタが買い手なら、売り手のアプローチに惑わされず、買い手のアプローチで責めなければいけません。
アナタが売り手なら、買い手のアプローチに振り回されず、売り手のアプローチで責めなければいけません。

2面性を使い分けること。
それが大切なんです。

でもそれは、決して「矛盾」ではありません。
もちろんアナタが、2重の人格を持つと言う意味でもありません。

単に、アナタが持っている1つのツールを裏返す、たったそれだけことです。

今回は白の持ち駒、次回は黒の持ち駒を使うゲーム。
同じツールを違うアプローチで戦っている、ただそれだけの話です。

白から黒へ、黒から白へ。
その一瞬のリバースが、アナタにとって大きな利益をもたらしていきます。

 

オセロ・ゲーム。

同じルール、同じ概念で向き合う相手のその黒い石を、1つでも多くアナタの色に裏返してしまいましょう。
そうすることでアナタは、そのゲームの支配者になることが可能です。

ps:

えっと、今回の話はやや抽象的過ぎましたかね?
まあ、今日の話を前提に、次回はもうちょっと具体的なお話をするつもり。
多分ね。

ところで、私はよく言います。

「私と小栗旬は、激似です!」

なんて具合に。
まあ、もちろんそれは冗談のつもりです。

が、そんなことを言い続けていると、何かの拍子にホントかどうかの区別がつかなくなってくる・・・なんてことが、あるのかもしれません。

自分自身を何かと相対化してしまうと、ふとした瞬間に向こう側へと反転してしまう可能性は捨て切れません。
特にネットの世界ではね。

秋葉原通り魔事件の報道を聞いて、ふとそんなことを思ってしまいました。

亡くなられた方々のご冥福と、負傷された方々のいち早い回復をお祈りします。

post by ノリユキ at 11:35 | コメント・トラックバック(0)

渦中から抜け出すツール

intro:

今までの自分の仕事を振り返ってみると、会社の再建に関わるケースがほとんどだった様な気がします。
ここだけの話ですが、正直面倒な仕事ばっかです。

もちろん、そんな仕事ばっかりくるのは、私自身にも問題があります。

だって私のセールスポイントといったら、「小栗旬と激似」ってことぐらいしかないんですもん。
今ひとつアピール不足なのかもしれません。

「俺って実は、ブラピと双子の兄弟」くらいに吹いておけば、客受けはもっと良かったのかもしれません。

今、ちょっとだけ反省してるところですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

経営状態が悪化した会社が採る手段は、たった1つです。
それは、「収益を上げる」ということ。

そして、そのために採る方策は2種類。
「売上アップ」と「コスト削減」。

売上をアップさせるか、コストを減らすか。
そのどちらか一方、もしくはその両方を実行することで、利益を確保しなくちゃいけません。

極めて当たり前の話です。
が、その当たり前がなかなか出来ません。

 

企業の経営が苦境に立ったとき、よく「縮小均衡は良くない。苦しいときこそ、打って出るべきだ」なんてことが言われます。

まあ、資金調達が何とかなる様な会社だったら、それはそれで良いでしょう。
でも、多くの会社ではそういうわけにはいきません。

だって、撃って出るにも弾(お金)がないんだもん。

私の経験から言えば、経営難の会社がまず採るべきなのは、コスト削減。
現実は、そんなケースが圧倒的に多いです。

で、もちろん言われなくたって企業はコスト削減に走ります。
生き延びなくちゃいけないですからね。

でも意外に多いのが、間違ったコスト削減をしてる、ってことです。
経営の行き詰った会社って、コスト管理の感覚がズレてることが結構多いんです。

 

前回お話した通り、消費と投資は違います。
そしてビジネスとは、まさに投資活動。

ですから、何でもかんでもコストを削減すりゃ良いってもんじゃありません。
投資効率を考えながら、コストを配分していかなくちゃね。

例えばほら、いま目の前にあるボールペン。

これは確かに、事務用品ですし消耗品です。
が、単なる消費財とは、ちょっと違います。

仕事で使うボールペンは、商品やサービスなどを生産したり販売するための業務に付随する、必要なコストです。

ですから例えば、「コスト削減のため、10人あたりにつき3本のボールペンを使いまわせ」ってのはちょっとお門違いです。
仕事の効率が極端に落ちてしまいます。

でも、1本300円のボールペンと100円ちょっとで2本入りのボールペンのどちらを購入すべきかと言われたら?

もちろん、安い方を取るべきです。
物書きが主体の仕事でもない限り、それほど効率の差は生まれません。

で、これが投資の感覚です。

そこにどれだけのお金を投入することで、どれだけの効果が生まれるか?を考え実行することが、投資活動なわけです。
最小のお金で最大の効率を生み出すことを考えます。

だから、何でもかんでも経費を削れば良いってもんじゃないの。

あ、今のボールペンの例えって、話が極端過ぎました?
「そんなの言われなくても分かってるよ、ハゲ」とか思っちゃいました?

でも、分かっている様で、いざその状況に巻き込まれると出来ないものなんですよ、マジで。

削っちゃダメなところをガンガン削って、使っちゃダメでしょってところにお金をかけてたりする。
ホント、ビックリするくらいに、そんなケースって多いんです。

私が直面した中で最もバカバカしいケースの1つには、「地代を減らすために顧客用駐車場のスペースを半分にした」ってのがあります。

確かに経費は大幅に削減できましたが、いざお客さんをお店に呼ぼうと思っても駐車スペースが足りなくて入店者数が頭打ち・・・

大の大人が、しかもこの道何十年って言うベテラン連中が集まってやった結果がコレです。

後から私が見直したところ、もっと他に削るべきところは沢山あり、駐車スペースを削る必要なんて、全くありませんでした。

笑うに笑えない事実ですが、渦中に巻き込まれると、当たり前のことが見えなくなってしまうのが、世の常です。

 

私たちが暮らすこの経済社会は、激しく渦巻いています。
そして私たちは、常にその混乱の中に巻き込まれています。

だから、俯瞰してみれば当たり前に見えることが、当事者にとっては何も見えなくなってしまうのかもしれません。

そんな渦の中から抜け出すツール。
確実にその1つは、投資と消費を区別する「感覚」です。

ps:

ちなみに私は、1万円もするLAMY社の「ラミー2000 L401」の4色ボールペンを使っています。

あ、今ちょっと自慢しちゃいました。(* ̄∇ ̄*)ゞ テヘッ♪

でも、同様に私はパイロット社の100円代のボールペンも愛用しています。

何事も、ケース・バイ・ケース。
投資効率を考えながら、モノゴトを購入することが大切です。

自分の頭を使うって、結構楽しいものなんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 10:54 | コメント・トラックバック(0)

ネギカモ

intro:

最近、私がタレントの山田優と付き合っているという噂が、巷でもちきりの様です。
なんでも先日、スポニチが一面で採りあげたんだとか。

しかし、あれは私ではなく、小栗旬という名前の私のソックリさんです。
全国の女性ファンの皆様、ご安心ください。

ん・・・?

なんか今、全国の女性達を敵にまわした様な気が、限りなくしてきましたぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

私達は、日常生活の中で当たり前の様に、「消費」とか「投資」という言葉を使っています。
でもこの2つの言葉、ハッキリと区別して使ってますか?

知ってるつもりで意外と曖昧だったりするのが、この「消費」と「投資」だったりします。

いやね、言葉の意味を説明しただけじゃ、「そんなの知ってるよ」って多くの人が言うんです。
でも、じゃあ実際の行動として投資活動と消費活動が明確に区別できてる人って、結構少ないんです。

なんで、ちょっと軽く説明でもしときましょうか。

 

簡単に言って「消費」とは、欲望を満たすためにモノやコトを使って無くしてしまうことです。

(ちなみに「モノ」とは、商品・お金・食事など形のあるもののことで、「コト」とは、サービス・時間など形のないもののことです)

それに対して「投資」とは、モノやコトを使うことで、何らかの見返り(リターン)を得ようとすることです。

もっと端的に言えば、

「消費」とは、欲望を満たすためにお金を使うだけの行為。
「投資」とは、お金を使ってお金を増やそうとする行為。

ということになりますかね。

で、ビジネスとは、投資活動そのものです。

お金を使って材料を買い、製品を作って売り、利益を手にする。
お金を使って商品を仕入れ、それを売ることで利益を手にする。

設備を買い、今まで以上に作業を効率化・高度化して、より大きな利益を手にする。
お金をかけて社員教育を行い、優秀な人材に育て、その人材からより大きな利益を稼いでもらう。

形は様々ですが、お金を使うことでより大きなお金を手にする。
そういった投資活動が、ビジネスの主軸となっています。

もちろん、それは企業に限った話ではありません。
最近では、個人一般の活動においても、「投資だ、投資だ!」と騒がしく言われています。
不動産投資だとか、株式投資だとか、自己投資だとか・・・

もちろん私は、投資活動を否定する気は更々ありません。
だって一応このblog、ビジネス系なんですもん。

でもねぇ・・・
先にお話した通り、消費と投資に対する認識が曖昧な人が多いんです。

実際のところ、世間で言う「投資」が実は単なる「消費」でしかないってケース、かなり見かけます。
まるで小栗旬が私にソックリな様に、投資活動にソックリな顔した消費活動がまかり通ってるわけです。

ですから、自分が行なう活動が「消費なのか?投資なのか?」ということをシッカリと区別できておく必要があります。
じゃないとね、業者さんたちにアナタは「良き消費者」として扱われてしまいます。

例えば、自己投資。

自分の収入やキャリアをアップさせるために、ビジネスの世界では盛んに自己投資が叫ばれてます。

でも、本当に自分にきちんと投資している人って、どれ位いるんでしょ?

あんまりいません。
実際は、「成功したい」という欲望を満たすために、そういった商品を消費し続けてる人ばっかりです。

業者さん達は、アナタに対して魅力的な商品を提供します。

「ポジティブ・シンキング」だとか「引き寄せの法則」だとか。
「思考は実現する」という主旨を手を変え品を変え、消費者にアプローチをかけてきます。

そして、消費者は「成功したい!」という欲望を、それらの商品を購入し使ってみることで満たします。

「右脳を鍛えよう!」
「次は、ロジカル・シンキングだ、論理思考だ!」
「これからは、情報収集と情報判断能力のアップだ!」
「いや、今度は地頭力だ!」

で、一体いつまで続くんですかね?
これじゃあ、結局のところオールマイティーに優秀な能力を持ってなくちゃダメってことじゃないですか。

ダイエット商品だって、同じことです。

次から次へと出てくる商品を、追っかけ追っかけ、追っかけ続けています。
もちろん、気づかないうちにね。

成功するために投資してる気になっていて、実は「成功したい!」という欲望を満たすためだけの消費しかしてないわけです。

あのね、消費者はいつまで経っても消費者でしかないんですよ。

別に消費者が悪いって話はしてません。
単なる消費者のままじゃ、ビジネスにおいても人生においても、何も成果は得られないんですよ、って話をしています。

だってさ、ビジネスって投資活動なんですよ。
この経済社会において、何らかの成果を収めようとしたら、投資する側の人間に回らなくちゃダメじゃないですか。

消費者のままで満足しているのであれば、それはそれでOKです。
人は自分の在り方について、自由であるべきですから。

でも、投資する側の人間として成功しようとする人が、いつまで経っても消費者のまんまじゃ、問題ありです。

そんな人をこの経済社会では、「ネギカモ」(ネギを背負ったカモ)と呼んでいます。

ps:

この話、今回は商品を購入する側の立場でお話してみました。
コレを逆に、アナタが商品を売る側に立ったとしてお話しすると、

成功そのものではなく、「成功したい」という欲望を満たす商品やサービスを売ることが大切。

ということになります。
つまりこの話は、

商品そのものを売るのではなく、その商品を購入することで得られる利便性をイメージさせ、そのイメージを売る。

というマーケティングでは定番の手法だということです。

「狩る」の言葉の裏っ側は、「狩られる」ということは、肝に銘じておいた方が良さそうですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 13:02 | コメント・トラックバック(0)

外側じゃなくて、内側にあるもの

intro:

4月から始まるフジテレビの月9はキムタクが主演を飾るそうで、話題になってるみたいです。

不思議に思うのですが、そんなにキムタクって男前なんでしょうか?

たった今、私の鋭い頭脳を用いてキムタクと私の違いを分析してみました。
が、残念なことに、たいした違いなど見当たりません。

単にキムタクの方が私よりちょっとだけ、顔が良くて、スタイルが良くて、センスが良くて、髪の毛がフサフサなだけです。

彼が私より勝っているのは、たったの4つしかありません。

ん?
ということは、それ以外は同等か、ひょっとしたら私の方が勝ってるかもしれません。

おぉ!!

なんだか、生きる勇気がわいてきましたぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

別に望むのであれば、金も地位も名誉も、どんどん求めちゃえば良いと思います。

ずっと前にもお話しましたが、「金儲けは汚い」とか言う人間の方が、よっぽど汚い生き方をしています。

→ お金の話

だから遠慮はいらない。
思いっきり欲するんだ。

大金が欲しければ、一心不乱にその目標へと突き進むべきです。

 

でもね、それに振り回されちゃいけない。
ここ数回、私はそんなお話をしています。

世の中には、くだらない「成功」が溢れています。
そして、そんな「成功」という文字に目がくらみ、躍らされている人達も溢れかえっています。

欲望を制御できない姿は滑稽です。

望んだものは、いつまで経っても手に入りません。
成功するどころか、「自己投資」という名の単なる消費を繰り返す、ネギを背負ったカモへと成り下がります。

 

さて、そんな話をしていると、まるで私が「成功」という文字の付くものを売ったり買ったりしちゃいけない、なんて誤解されてしまうかもしれません。

もちろん、そんなことはありません。

望んだものを手に入れるためには、使えるものは使わなくちゃいけません。
ですから、「成功」なんて言葉があるなしに関係なく、必要なものは買うべきですし、有効に利用すべきです。

つまり私が言っているのは、「モノや時間は有効に使え」ということなわけです。
小学校で習っても良いくらいの、単純なお話です。

欲に目がくらんだ人って、売り文句に踊らされるわけですから、必要のないものまで買ってしまいます。
必要のないものを買い、お金と時間をムダにしていきます。

欲に目がくらんだ人って、そのことにいつまで経っても気がつきません。
必要のないものを必要であると勘違いして、お金と時間をムダにし続けます。

 

多くの人が、勘違いをしています。
成功するために自分にとって必要な情報やツールなど、実はそれほど多くはありません。

ビジネスに関する本だって、読むことに意義ある本は一握りです。
しかし踊らされている人には、その区別がつきません。

勝手に行間を読み込もうとしてみたり、文章の裏に潜む作者の意図を都合よく読み取ろうとしたりします。
そうやって、自分で自分に言い訳を作ります。

そんなに行間を読みたけりゃ、ビジネス本なんて読まずに小説でも読んでりゃいいんです。
そっちの方が、確実にタメになるはずですから。

 

いいですかい?

本当の意味で自分を成功させる要因なんて、自分の周りにはありません。
だって既にお話した通り、成功とは他人にマネされない独自性の部分にあるわけですから。

要するに、成功要因なんて、自分の内側からしか生まれないんです。

もちろん、走り出すためには準備が必要です。
最悪な事態を想定して、念入りに準備することは大切なはずです。

でも、そればっかりに一生懸命になっていれば、あれもこれも必要であるかのように思えてきます。

そうやって単なる石ころが、大切なパンに見えてきます。
石ころをたくさんリュックに押し込んで、重たい荷物でますます身動きが取れなくなってしまいます。

でもね。
さっきも言ったとおり、成功するために必要な情報やツールなんて、それほど多くはありません。
ましてや成功そのものを約束するモノなど、確実に存在しません。

ですから、走り出すことが肝心です。
走り出してしまえば、石ころなんて拾ってるヒマなどありません。

もう一度言います。

成功するための決定的な要因は、自分の内側にしか存在しません。
「実践」というの名の試行錯誤の中でしか、人は成功を手にすることが出来ないんです。

それが世の常と、心得なさい。

post by ノリユキ at 13:09 | コメント・トラックバック(0)

「成功」の文字に目がくらむ人たち

intro:

一流のワルで名の通った私は周知の通り、生きるか死ぬかの世界で生きています。
失敗など許されませんし、私にその文字は似合いません。

ですから流行に関しても、容易に飛びつくことはありません。
その流行が確かなものであるかを、見定める必要があります。

さて、そんな私は昨年以来、小島よしおの「そんなの関係ねぇ!」を検証し続けてきました。
その結果、それは確かに流行語であることが、つい先ほど私によって認定されました。

おめでとう、小島よしおさん!
さぁ、私もこれからは「そんなの関係ねぇ!」を使いまくるぞ!

あ。アナタも私が羨ましかったら、「そんなの関係ねぇ!」をマネしたって構いませんよ。
一流のワルは、太っ腹なんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

前回の「競争優位を知らない人たち」では、「成功ノウハウなんて存在しない」というお話をしました。

ところが、「この成功ノウハウを実行したら、上手くいったよ!」なんてことも、きっとあるはずです。
今日は、その辺についてお話でもしようかと。

が、その前にここで2点、補足をしなくちゃいけません。

まずは「ノウハウ」の定義。

正確に言えば「ノウハウ」とは、“モノゴトの考え方”を意味します。
しかし、前回及び今回で使う「ノウハウ」とは、“具体的な方法”という意味も含めて使っています。

次に「成功」の定義。

これに関しては、あえて定義しません。
今日の話の中で、ニュアンスを勝手に掴んでください。

と言うことで、本題へ。

 

成功ノウハウを読んでも、人は成功なんてしません。

世界的に有名で歴史のあるノウハウ書はありますが、そこに書いてあるのは“考え方”です。
具体的にどうするかは、その“考え方”を用いて各自が自分で決めなくちゃいけません。

でも、各自がそれぞれの方法を実行していけば、成功する人としない人が出てくるのは当たり前です。

方法が違えば結果は違ってきますし、各自が持つ能力の違いによっても結果は違ってきます。

だから、成功ノウハウを学んでも、人は成功するわけじゃありません。
成功するためには、各人に見合った具体的な方法論が必要となってきます。

じゃあ、成功するための具体的な方法が示してあるノウハウ。
これは、どうでしょう?

例えば、「私が成功した方法」といった類のヤツ。

これって、ノウハウとしては最も最悪なものです。
自分が上手くいったからって、他人が上手くいくとは限りません。

まるで小島よしおが、「そんなの関係ねぇ!」と「オッパッピー」の振りと発声を解説し、海パンの具体的な入手方法を説明している様なものです。

マネしたところで、売れるはずがありません。

でも、それが分からない人たちがいるんですねぇ・・・
一生懸命、「儲かる」という名前の「そんなの関係ねぇ!」を練習してます。

小島よしおが、泣いています。

 

でも、再現性のある方法論って、あるはずです。
「このノウハウにある通りにやったら、私も上手くいったし、他の人も上手くいってるよ!」みたいなヤツ。
これって、成功ノウハウじゃないんでしょうか?

説明します。

モノゴトには、道理というものがあります。
ですから、モノゴトに対処するためには、その原理となるものを身に付ける必要があるわけです。

これを「基本」と言います。

モノゴトには、道理というものがあります。
ですから、「この状況が来た時は、この手を打つのが最善策!」といった方法論が存在します。

これを「定石(定跡)」と言います。

基本にも定石にも、再現性があります。
誰でもそれを身に付けることで、一定以上の効果を生み出します。

効力のあるノウハウとは、一般的にこの基本と定石のことを言います。

じゃあ、この基本と定石が成功ノウハウなんですかね?

基本や定石を身に付けなければ、勝利を掴むことは難しいはずです。
でも、基本も定石も、勝利を決定する条件ではありません。

将棋や囲碁などにおいては、おびただしい数の定石がありますが、定石を知っているから勝てる、というわけではありません。
だって、相手もその定石を知ってるわけですから。

定石を知ってる者同士がぶつかり合えば、勝因は別のところで決まります。

成功ノウハウとか言うものも、それと同じです。
周りがそれを知らないから、それをしていないから、上手くいくんです。

でも、周りもそのノウハウを実行しだしたら、途端にそのノウハウは通用しなくなります。

で、新たなノウハウ(定石)を手に入れ、実行に移す。
で、そのノウハウが広まったら、また新たなノウハウを手に入れ・・・

その繰り返しです。
一体、いつになったら成功するんでしょうか?

少なくとも成功しているのは、そのノウハウを売っている人だけです。

 

でね。ここで気が付かなくちゃいけないことがあります。

「成功ノウハウ」って商品ですよねぇ?

と言うことは、そのノウハウを買って実行して儲かったとしても、それは単にその商品の利便性をアナタが受け取っただけの話です。

商品が持っている価値を、アナタは貨幣と交換しただけです。
だから、その商品の利便性を受け取るのは、当然なんです。

商品を買って、その利便性にあやかる。
それが、「成功」なんでしょうか?

成功とは、全く別物です。
そんなの関係ねぇ!んです。

もしそれが「成功」だと言うのであれば、

英語塾に通ってTOEICが460点から560点になった人は、成功を手に入れたことになるんでしょうか?

アナタの息子さんがサッカーの技術書を読んでメキメキ上達したら、「うちの息子は成功者だ」って思うんですか?

仮にアナタがサッカーの中継試合を迫力あるテレビで観ようと思い、ボーナスで大画面のハイビジョン・テレビを買って、観戦したとしましょう。
アナタは、大満足です。

でも、それを「成功」と言うんですか?
テレビを買ったアナタは、成功者ですか?

単に、商品の利便性を受け取っただけの話じゃないですか。
ほら、小島よしおが、「そんなの関係ねぇ!」って叫んでますよ。

成功ノウハウとやらを実行して上手くいったからといっても、それは「成功」とは全くの無縁だと言うことです。

 

いいですかい?

普通に商品を買ったり、塾に通ったり、スポーツやゲームのノウハウ書を読んで上達したところで、誰も「成功」という言葉は使いません。

でも、金と名誉と地位、それに関する商品を目にした途端、人は「成功」という文字を口にし出します。

この状況を俗に、「目がくらむ」と表現します。
そして人は、日常品やスポーツやゲームになんて、滅多に目がくらみません。

「成功」という文字に大きく反応してしまう人。
そんな人は、どんなにスマートな態度と言動を繰り返していても、間違いなく金か名誉か地位に目がくらんでいるはずです。

そして、目がくらんだ人を「成功者」と呼ぶことはありません。
どう足掻いたところで、成功とは程遠いところに彼らはいます。

ps:

あ。そう言えば「女に目がくらむ」って言いますねぇ。

金、名誉、地位、異性、酒・・・

欲望を制御できていない姿、つまり正常な判断が出来ない状態を「目がくらむ」と表現するわけです。

さて、この様な話をすると、まるで私が金儲けを考えちゃいけないとか、
「成功」という文字のあるものを買ったり売ったりするのはダメだとか、

そんな風に言ってるように、誤解されてしまうかもしれません。
でも、そんなの関係ねぇ!

次回はそれに関するお話でもしようかと。
気が変わっても、文句を言っちゃいけませんぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

post by ノリユキ at 13:48 | コメント・トラックバック(0)