負けないということ

intro:

世の中には不思議なことがあるものです。

実は私、先日床屋に行って長さ3ミリの坊主頭にしたんですが、そんな自分の顔をケータイのカメラで撮ってみたんです。
「(* ̄∇ ̄*)ゞ テヘッ♪」ってなポーズをとりながらね。

小栗旬にソックリな私が坊主頭でお茶目なポーズをとったら、一体どんな感じになっているのか、興味津々だったわけです。
きっと、ステキなはずです。

ところが、そこに写っていたのは小栗旬ではなく、子泣き爺でした。

心霊写真でしょうか?

でも、何回撮りなおしても、そこに写っているのはメガネをかけてハゲている子泣き爺なんです。

おかしくないですか?
おかしいですよねぇ?

きっとこの薄れ汚れきった社会という現実が、真実の私の姿形を歪めてしまっているんです。
そう、きっとそうです。

でも負けない。

「真実を歪めて自分を美化しているのは、お前の方だろ?」

そんな世間の冷たい声になんて、絶対負けない。
私はそんな頑なな思いを胸に、今日もきっちり生きていくつもりですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

スポーツの試合を観ていると、どんな状況にも怯まず相手に立ち向かっていく姿を目にします。

あと1点を追いかけ、ゴールを攻め続けるサッカーの試合。
どんなに殴られても怯まず、果敢に立ち向かっていくボクサーの姿。

負けることを恐れず、勝ちを獲りにいく試合ほど感動的です。

しかし逆に、負けない様に負けない様にと戦っている試合ほどツマラナイものはありません。

リードしているチームが、相手に攻撃のチャンスを与えない様に時間稼ぎを繰り返す試合。
ポイント稼ぎの軽いパンチをヒットさせたら、直ぐにクリンチに逃げてばかりボクサー。

勝つことよりも負けないことを優先した試合には、感動どころか苛立ちを感じてしまいます。

スポーツにおいては、勝ちを獲りにいく姿勢が大切なのかもしれません。
負けないためにだけ振舞う態度は嫌われるだけでなく、結果としてそれが負けに繋がる場合が多々ありますから。

ところが、この点においてビジネスとスポーツは大きく違います。

確かに私たちは、アスリートと呼ばれる人達から学ぶべきことが数多くあります。
が、ビジネスとスポーツでは、根本的に違う点が1つあります。

それは、負けてはいけないということ。

 

スポーツというものは、試合に勝つことが目的になります。
そのためには、来るべき試合の日に向けて、着々と日常でトレーニングを積んでいく必要があります。

言い方を変えれば、スポーツにおいて戦いの場である試合は「イベント」であり、練習が「日常」です。

ところがビジネスでは、それら全てが日常の中にあります。
戦う場所も訓練を積む時も、常にそこは日々の営みの中、つまり日常の中にしかありません。

フラフラになって戦い、その日一日の勝利をようやく手に入れても、次の日も次の日も戦わなければなりません。
おまけに敵は、目の前だけとは限りません。

常に大きなリスクを背負って勝ちを獲りにいく行為を繰り返せば、いずれノックアウトされる日がやってきます。

ですから、ビジネスにおける基本的な戦略は、生き残ること。
それが最重要項目になります。

 

では、生き残るためには、負けないためには、どうしたら良いのでしょうか?
答えは、1つです。

それは、負け続けていられること。

微妙な言い回しで、申し訳ありません。
が、負けないためには、負け続けられることが必要です。

言ってしまえば、ビジネスも人生も、無制限一本勝負です。

そして、その長い流れの中において、全てを有利に事を運べる人なんて、そうはいません。
局面局面においては、劣勢に追い込まれることが多々あるわけです。

ですから、そういった時に致命的なケガを負わないようにしなくちゃいけません。
1局面において致命的な負けを喫したら、そこで勝負は終わりですから。

しかし、致命的なケガを負わなければ、次の局面に臨むことができます。
アナタは局面において何度負けても、戦うことが可能な状態である限り、試合は続行中ということになります。

つまり、負け続けていられるということは、「まだ負けていない」ということなんです。

もしアナタが今後、自分自身を「負けている」だとか「不幸せ」だとか感じることがあるなら、それはある意味、不幸中の幸いかもしれません。

だって、負けたと言いつつ、人生をまだ歩んでいられるんですから。
それはアナタがまだ負けていないということです。

ps:

今日のお話をビジネス的な言いまわして語れば、それは「リスク管理」についての基本的な考え方です。

別に珍しくなんともない話なんですが、未だに社会的な風潮としては

「失敗を恐れるな」

といった類の話が蔓延しています。

確かに「失敗を恐れない」ということは大切な心構えなんですが、それはリスク管理がきちんとなされているという前提条件が必要です。
上っ面だけの美学は、決してはアナタを救ってはくれません。

その瞬間だけが心地良いだけの自己啓発の類に振り回されない様にしましょう。
ちなみにツルッパケの私にとっては、自己啓発より自己毛発の方が大切ですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・


post by ノリユキ at 13:27 | コメント・トラックバック(0)

踏み出せば、戻れない

intro:

ご存知の方がいるかどうかは知りませんが、実はずっと以前から、私のオデコは拡大路線を歩み続けています。
まあ、世間ではそれを「ハゲ頭」と呼ぶそうです。

でも、私は認めない。
ただ他人より少しだけ、肌の露出が多いだけです。

一歩踏み出した以上、もう後戻りできない。
それが私の生き様なんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

そう言えば1ヶ月ほど前、留学支援会社のゲートウェイ21が破綻しました。

留学予定者が払い込んでしまったお金は、戻ってこないみたいですねぇ。
渡航費や学費などのお金を、会社は営業所の維持費などに使い込んでしまってたみたいです。

基本的にこの経営者の過ちは、拡大路線が行き詰まったのに方針転換できず、事業規模の維持にこだわったことです。

例えば遊園地を10施設運営している会社なら、遊園地を1つ潰してしまえば、ほぼその分だけの売上を失います。

でも、「留学」というカタチのない商品を仲介するだけの業者の場合、営業所を減らしたところで、その売上減少の効果は少ないはずです。

逆に赤字企業であれば、2つの営業所を1つにまとめて営業した方が、経営の合理化を図れるケースがほとんどです。

なのにこの経営者は、拡大路線によって大きくなった図体(ずうたい)を維持することばっかりにこだわり続けました。

そこに、この会社が破綻した大きな原因があります。

拡大路線を早々に変更し、縮小を図って経営の合理化を進めておけば、破綻どころか、再び拡大化を目指すチャンスがあったかもしれません。

まあ、この辺のことは「転がる水平線:ゲートウェイ21破綻について」にも書いてありますが。

 

一度拡大路線に踏み出した経営者は、いざその成長に実体が追いつかなくなっても、なかなか路線を変更することが出来ません。

「何とかこの2週間をしのげれば・・・」

ゲートウェイ21の社長はそう言って、結局は持ちこたえられず破綻しました。

しかし私たちは、単にこの経営者を、

「バッカだな~ぁ」

なんて上から目線で笑ってすましていいんでしょうかね?

経営者の過ちを突くのは簡単です。
誰だって部外者なら、冷静にモノゴトを見ることが出来ますから。

でも、コトの当事者となった場合、自分のやっていることを素早く修正できる人って、少ないもんです。

誰だって、今まで積み上げてきたものを、自分の手で壊すのは躊躇っちゃうでしょ?
それと同じです。

この社長と同じ立場で同じケースに遭遇したら、ほとんどの人は、この社長と同じことを言い、同じ結果を味わっていたはずです。

だって、ほら。
この状況と似た光景を、私たちは最近、ニュースで頻繁に目にしてるじゃないですか。

先月から始まった大幅な株価に対して、泣く泣く塩漬けする個人投資家たちの姿を。

今この瞬間に、損失を確定させるのを避けたい。
株価が元の値段に戻るまで何とか持ちこたえよう。

そう思ってほとんどの人が、損切り(損失を確定させること)せずに、マイナスを含んだままの資産を持ち続けます。

やってることは、ゲートウェイ21の社長と同じじゃないですか。

耐え切れたら「セーフ」でしょうが、耐え切れなければ破綻です。
その差は、実力でもなんでもなく、時の運でしかありません。

 

いいですかい?

人は一度判断して行動を始めると、容易にそれを修正することが出来ません。
それが先天的に出来る人って、ごく一部の限られた人だけです。

だから人は、謙虚にならなくちゃいけない。
他人に対してじゃなく、自分自身に対して、です。

私たちは未来を

「こうなるはず」
「こうなりたい」
「こうであって欲しい」

と思い、判断し、行動に移します。

でも、未来のことなんて、誰にも分からないんです。
そう判断したその瞬間は正しくても、次の瞬間では流れが変わっているかもしれません。

自分の判断とは逆にモノゴトが動いたら、素直にそれを受け止め、今進む方向を素早く変更する必要があります。

だから、人は自分自身に対して謙虚にならなくちゃいけない。

自分は正しい。
自分は間違っていない。
アイツが間違ってる。
自分のせいじゃない。

そんな態度が、自分自身を瓦礫の下に埋もらせてしまいます。

自分自身に対して謙虚であれば、不確定の未来に対してだって、少しくらいは柔軟に対応できるはずです。

ps:

ここ3日ほど、株価は上昇している様です。

株価下落に持ち堪えられた個人投資家のみなさん、おめでとうございます。

でも、決してアナタの実力ではありません。
単に、運が良かっただけです。

そして、安心するにはまだ早過ぎです。
今後、早急に金融市場が安定するかなんて、まだわからないんですから。

謙虚に事実を受け止め、今後は柔軟に対応しましょう。

ちなみに、私のオデコがいまだに拡大路線を続けている理由・・・
それは、私の頭皮が柔軟性を失ってしまっているからなんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・


post by ノリユキ at 16:20 | コメント・トラックバック(0)

シンプルじゃない世の中を生きる

intro:

巷では「世の中はシンプルに出来ている」ともっぱらの噂ですが、私の頭髪だって、負けないくらいにシンプルです。

ムダな毛など1本もありません。

一流のワルで名の通った私は、ムダにフサフサした髪の毛をなびかせている連中とは、一味も二味も違うんです。

ま、心無い人達からすれば私の頭は「必要な髪の毛すら無い」というのが正解の様ですが、言わせたいヤツには言わせておけ。

一流のワルとして生きる男は、そんなことじゃヘコタレませんぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

自己啓発の本を読むと、「世の中はシンプルに出来ている」なんてことが書いてあります。

で、そんな本を読むと「お~、そうなのか!」なんて具合に納得する人が結構います。
お金持ちや有名人にそう言われると、簡単に信じてしまうんですかね。
人って、肩書きや知名度に弱いのね。

でも、普通に考えれば分かるとおり、世の中は全然シンプルなんかじゃありません。
とっても複雑に出来ています。

複雑に出来ているから、世の中には謎が多いんです。
複雑だから、科学者はその生涯をかけて、世界の真相を解明していきます。

本当に世の中がシンプルなら、既に癌で死ぬ人はこの世には存在しませんし、ハゲで悩む人もいません。
とっくに問題は解決済みのはずです。

複雑に出来ているから、人は大いに悩むんです。
複雑だから、矛盾が生まれるわけですし、アッチを立てればコッチが立たなくなるわけです。

世の中がシンプルなら、戦争なんて始まる前に解決します。
北京オリンピックの間に戦争が起こるはずもありませんし、テロ活動もあるはずがありません。

どんなに偉そうな人が「世の中はシンプルだ」と唱えたところで、現実は変わりません。
世の中は、とっても複雑に出来ています。

 

よ~く、考えてみてください。
複雑な世の中を、いつまでもシンプルだと捉える行為って、正常ですか?

異常です。

複雑な世の中をシンプルだって思い込むなんて、世の中を舐め過ぎです。

世の中を舐めてかかって、良い事なんてありません。
いつか、足をすくわれます。
当たり前の話です。

複雑な世の中を、複雑と捉える。
これこそが、マトモな人間のすることです。

 

複雑な世界の中で生きる私たち。
正解なんて、簡単には見つかりません。

ある時には正しいことでも、ある時には間違っています。
一見ムダに見えることでも、必要不可欠だったりします。
必要だと思っていたものが、気がつけば無用の長物です。

だから、私たちの前には問題ばかりが、転がっています。
どんなに考えても、正解が見当たらない問題ばかりです。

そして、そんな世界の中で私たちに出来ることって、ただ答え続けることだけです。

目の前に立ちはだかる問題に対して、正解じゃなくとも、ただ答え続ける。
それ位しか出来ることなんてありません。

そして、それが生きるということ。

目の前の問題に、答え続ける。
間違っていても、答え続ける。

私たちに出来ることって、ただそれだけです。

 

でもね。
確かに世の中は複雑ですが、何も答えまで複雑に考える必要はありません。
複雑なものを複雑に考えたところで、正しい答えなんて見つからないんですから。

だから、シンプルに考える。
それが大切です。

複雑に考えようが、シンプルに考えようが、正解なんて見つからない。
だったら、シンプルに考えただけお得です。

複雑に考えれば考えた分だけ、時間も労力もかかります。
その分、行動が遅れたり行動しづらい状況を作ってしまいます。

デメリットばっかり。

だから、あんまり複雑にモノゴトを考えてはいけません。
考えるだけ、ムダが増えていきます。

逆にシンプルに考えた分だけ、時間も労力もかかりませんし、考えを行動に移すことも容易になります。

どうせ答えが正解かどうか分からないなら、シンプルに考えたほうが、圧倒的に楽なんです。
早く答えて早く動いた方が、事態は好転していきます。

だって始めてみなきゃ、何も始まらないんだもん。

 

いいですかい?

世の中は決してシンプルなんかじゃありません。
とっても、複雑です。

だから、シンプルに考える。
複雑な世の中を、シンプルに生きる。

得する考え方、得する生き方とは、いつだってそんなもんです。

ps:

昨晩、お金持ちになるためのセミナーのDVDを観ました。
セミナー会場は活気にあふれ、参加者も講師の方も実に陽気で前向きな雰囲気に包まれているのが画面を通して伝わってきます。

そう、それは典型的な自己啓発セミナーです。
観ていてヘドが出そうになりました。

幸せな気分になって、お金持ちになれる様な気分になって、でも現実は一向に変わらない。
変わる様な気にだけさせられる。

お金を払ってね。

少なくともこの裸足のリーダーの読者であるアナタは、そんなネギカモにはならないでください。
頼みますぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・


post by ノリユキ at 12:53 | コメント・トラックバック(0)

オセロ・ゲーム

intro:

眠れない夜・・・

そんな時、私は布団に包まったまま、ぼんやりと考えることがあります。

「もし、私という人間が存在しなければ、私にソックリな小栗旬という人間も存在し得ないのではないだろうか?」

ということを。

ひょっとしたら私と小栗旬は、一心同体・・・いや、表裏一体なのかもしれません。
なんだか、そんな気がしてきました。

それは、まさにオセロの石(駒)の様。

私の裏を返せば、小栗旬。
小栗旬の裏を返せば、私。

そんなオセロの石の様な関係なのかもしれませんね、私たちは。

もちろん、どちらがオセロの黒い面を担当し、どちらが白い面を担当しているなのかなんて聞くのは、野暮ってもんです。

ハゲてる方が私で、フサフサの方が小栗旬に決まってますぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
 

main:

二項対立・・・

私たちが住む世界は、相対的です。
そして相反するモノゴトは、表裏一体となって常に存在しています。

表と裏、陰と陽、右と左、真実と虚構、小林ノリユキと小栗旬・・・

最後の例えだけは何となく非難されそうな気もしますが、とりあえずモノゴトは常に表裏一体となって1つのカタチを彩っています。

表がなければ、裏もありません。
右がなければ、左もありません。

私たちは、相反するモノゴトを切り離したまま生きていくことは出来ないわけです。

もちろん、これはビジネスの世界でも同じです。
以前にもお話しました(参照:ネギカモ)が、「狩る」という言葉の裏っ側は、間違いなく「狩られる」です。

 

1つの概念がある。

それを買い手の利益の側に立って説明する。
でもそれは、売り手にとって不都合なこと。

今度は逆に、同じ概念を用いて、売り手の利益の側に立って説明する。
しかしそれは、買い手にとって不都合なこと。

同じ概念をそれぞれの別の立場でお話したら、全く逆の効果が生まれます。

が、両方の話は何一つ矛盾しないはずです。

表も裏も常に一体。
賢い消費者の思考法を反転させると、実は賢い販売者の思考法と一致するわけです。

その様子は、さながらオセロの石(駒)の様。

白い面を裏返せば黒に、黒い面を裏返せば白に。
しかし、白い面も黒い面も、同じ1つの石であることには変わりありません。

 

1つの概念が持つ1面は、反転することで全く正反対の顔を覗かせます。

白い面から、黒い面へ。
黒い面から、白い面へ。

ですから、この世界はまさにオセロ・ゲームです。

相対する利害を持った者同士が向き合い、同じ1つの概念を、自分の側の利益に基づいて反転させ合うゲームです。

でも、ひょっとしてアナタは、自分の手駒が白なのに、黒い面で戦おうとしていませんか?
例えば、消費者と販売者のオセロ・ゲームであるのに、

「この人に営業をかけたら、嫌われちゃうかも・・・」
「無料で配布したものを有料にして売ったら、嫌われちゃうかなぁ?」

なんて考えてしまうとか・・・

相手の利益を考えながらビジネスを展開することは、確かに大切です。
でも、そのために自分の利益を犠牲にして何も動かずにいるのであれば、それは意味の無いことです。

アナタが買い手なら、売り手のアプローチに惑わされず、買い手のアプローチで責めなければいけません。
アナタが売り手なら、買い手のアプローチに振り回されず、売り手のアプローチで責めなければいけません。

2面性を使い分けること。
それが大切なんです。

でもそれは、決して「矛盾」ではありません。
もちろんアナタが、2重の人格を持つと言う意味でもありません。

単に、アナタが持っている1つのツールを裏返す、たったそれだけことです。

今回は白の持ち駒、次回は黒の持ち駒を使うゲーム。
同じツールを違うアプローチで戦っている、ただそれだけの話です。

白から黒へ、黒から白へ。
その一瞬のリバースが、アナタにとって大きな利益をもたらしていきます。

 

オセロ・ゲーム。

同じルール、同じ概念で向き合う相手のその黒い石を、1つでも多くアナタの色に裏返してしまいましょう。
そうすることでアナタは、そのゲームの支配者になることが可能です。

ps:

えっと、今回の話はやや抽象的過ぎましたかね?
まあ、今日の話を前提に、次回はもうちょっと具体的なお話をするつもり。
多分ね。

ところで、私はよく言います。

「私と小栗旬は、激似です!」

なんて具合に。
まあ、もちろんそれは冗談のつもりです。

が、そんなことを言い続けていると、何かの拍子にホントかどうかの区別がつかなくなってくる・・・なんてことが、あるのかもしれません。

自分自身を何かと相対化してしまうと、ふとした瞬間に向こう側へと反転してしまう可能性は捨て切れません。
特にネットの世界ではね。

秋葉原通り魔事件の報道を聞いて、ふとそんなことを思ってしまいました。

亡くなられた方々のご冥福と、負傷された方々のいち早い回復をお祈りします。


post by ノリユキ at 11:35 | コメント・トラックバック(0)

渦中から抜け出すツール

intro:

今までの自分の仕事を振り返ってみると、会社の再建に関わるケースがほとんどだった様な気がします。
ここだけの話ですが、正直面倒な仕事ばっかです。

もちろん、そんな仕事ばっかりくるのは、私自身にも問題があります。

だって私のセールスポイントといったら、「小栗旬と激似」ってことぐらいしかないんですもん。
今ひとつアピール不足なのかもしれません。

「俺って実は、ブラピと双子の兄弟」くらいに吹いておけば、客受けはもっと良かったのかもしれません。

今、ちょっとだけ反省してるところですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・

main:

経営状態が悪化した会社が採る手段は、たった1つです。
それは、「収益を上げる」ということ。

そして、そのために採る方策は2種類。
「売上アップ」と「コスト削減」。

売上をアップさせるか、コストを減らすか。
そのどちらか一方、もしくはその両方を実行することで、利益を確保しなくちゃいけません。

極めて当たり前の話です。
が、その当たり前がなかなか出来ません。

 

企業の経営が苦境に立ったとき、よく「縮小均衡は良くない。苦しいときこそ、打って出るべきだ」なんてことが言われます。

まあ、資金調達が何とかなる様な会社だったら、それはそれで良いでしょう。
でも、多くの会社ではそういうわけにはいきません。

だって、撃って出るにも弾(お金)がないんだもん。

私の経験から言えば、経営難の会社がまず採るべきなのは、コスト削減。
現実は、そんなケースが圧倒的に多いです。

で、もちろん言われなくたって企業はコスト削減に走ります。
生き延びなくちゃいけないですからね。

でも意外に多いのが、間違ったコスト削減をしてる、ってことです。
経営の行き詰った会社って、コスト管理の感覚がズレてることが結構多いんです。

 

前回お話した通り、消費と投資は違います。
そしてビジネスとは、まさに投資活動。

ですから、何でもかんでもコストを削減すりゃ良いってもんじゃありません。
投資効率を考えながら、コストを配分していかなくちゃね。

例えばほら、いま目の前にあるボールペン。

これは確かに、事務用品ですし消耗品です。
が、単なる消費財とは、ちょっと違います。

仕事で使うボールペンは、商品やサービスなどを生産したり販売するための業務に付随する、必要なコストです。

ですから例えば、「コスト削減のため、10人あたりにつき3本のボールペンを使いまわせ」ってのはちょっとお門違いです。
仕事の効率が極端に落ちてしまいます。

でも、1本300円のボールペンと100円ちょっとで2本入りのボールペンのどちらを購入すべきかと言われたら?

もちろん、安い方を取るべきです。
物書きが主体の仕事でもない限り、それほど効率の差は生まれません。

で、これが投資の感覚です。

そこにどれだけのお金を投入することで、どれだけの効果が生まれるか?を考え実行することが、投資活動なわけです。
最小のお金で最大の効率を生み出すことを考えます。

だから、何でもかんでも経費を削れば良いってもんじゃないの。

あ、今のボールペンの例えって、話が極端過ぎました?
「そんなの言われなくても分かってるよ、ハゲ」とか思っちゃいました?

でも、分かっている様で、いざその状況に巻き込まれると出来ないものなんですよ、マジで。

削っちゃダメなところをガンガン削って、使っちゃダメでしょってところにお金をかけてたりする。
ホント、ビックリするくらいに、そんなケースって多いんです。

私が直面した中で最もバカバカしいケースの1つには、「地代を減らすために顧客用駐車場のスペースを半分にした」ってのがあります。

確かに経費は大幅に削減できましたが、いざお客さんをお店に呼ぼうと思っても駐車スペースが足りなくて入店者数が頭打ち・・・

大の大人が、しかもこの道何十年って言うベテラン連中が集まってやった結果がコレです。

後から私が見直したところ、もっと他に削るべきところは沢山あり、駐車スペースを削る必要なんて、全くありませんでした。

笑うに笑えない事実ですが、渦中に巻き込まれると、当たり前のことが見えなくなってしまうのが、世の常です。

 

私たちが暮らすこの経済社会は、激しく渦巻いています。
そして私たちは、常にその混乱の中に巻き込まれています。

だから、俯瞰してみれば当たり前に見えることが、当事者にとっては何も見えなくなってしまうのかもしれません。

そんな渦の中から抜け出すツール。
確実にその1つは、投資と消費を区別する「感覚」です。

ps:

ちなみに私は、1万円もするLAMY社の「ラミー2000 L401」の4色ボールペンを使っています。

あ、今ちょっと自慢しちゃいました。(* ̄∇ ̄*)ゞ テヘッ♪

でも、同様に私はパイロット社の100円代のボールペンも愛用しています。

何事も、ケース・バイ・ケース。
投資効率を考えながら、モノゴトを購入することが大切です。

自分の頭を使うって、結構楽しいものなんですぜ。

┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・


post by ノリユキ at 10:54 | コメント・トラックバック(0)