2006年7月31日(月) [ 組織・リーダーシップ ]
intro:
一流のワルで名の通った私は、本日体調不良です。
ですから、本当はメルマガの配信を休んじゃおうかと思いました。
でも、今日サボると来週サボりづらくなる。
そんな長期的視野のもと、無理してメルマガを配信することに決めました。
一流のワルって、常に戦略的なんです。
ですから、今から言っておきます。
仮に来週の月曜日、「裸足のリーダー」が配信されなかったとしても、それは私の体調が悪かったからです。
たとえ来週の月曜日、私がルンルン♪気分で街をスキップする姿を見かけたとしても、それはきっと何かの病気のはずです。
見なかった事にしておいてください。頼みますぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
みんなが、明るく楽しく前向きに。
多くの人が、そんなアットホームな職場を作りたがります。
確かにそれは、理想でしょう。
でも、それはあくまで理想です。
アットホームな職場って、現実には好ましくない状況を生み出します。
一見好ましく思えるアットホームな職場って、その会社の調子が良いときだけです。
全体が良好な時は、個人それそれの気持ちも穏やかでいられます。
でも、業績が落ち込んでくると、事情は変わってきます。
自分達が抱える欠点を見つめなおさなければなりませんから。
おまけに人は、自分の粗(アラ)よりも他人の粗の方がよく見えるもんだ。
自分以外の他者のダメな部分が目に付いてきます。
そのくせ、アットホームな関係が出来上がった職場では、その和やかな人間関係を崩したがりません。
出来るだけ相手の欠点は胸にしまいこんで、何事も無かったかのように済まそうとします。
些細なことは笑って済まそうとお互いが努力します。
そうやって作り笑顔の下に、小さな不満をどんどんと募らせていきます。
でも、パンパンに膨らんだアットホームな紙袋には、知らないうちに小さな穴が開いてしまいます。
そしてその小さな小さな穴からは、上司の気づかないところで「不平不満」という名の空気が漏れていきます。
いわゆる、「陰口」ってやつです。
そして、その漏れた空気は、職場の中の誰か1人に対して向かいます。
最初は、小さな小さな不平不満なんです。
でも、漏れ続けていけば、その不満が向かう先の本人にだって、気が付きます。
「最近なんか、空気が違う・・・」ってね。
で、嫌われ者の誕生です。
漏れた空気は、決して彼の治すべき点を教えてくれるわけじゃありません。
単に「嫌なヤツ」としての雰囲気を創り出すだけです。
そして、嫌われ者が生まれた職場では、決してアットホームな雰囲気は生まれません。
仮にその嫌われ者が、その職場から去って行ったとしても、もう二度とアットホームな環境は生まれません。
不平不満の空気は、向かう先を別な誰かに定めます。
でも、1番の嫌われ者を生み出した後って、後はみんな似たもの同士です。
それぞれが小さな欠点と小さな長所を持っています。
だから、みんながみんな、自分以外のみんなに不満を持ち出します。
つまり、そこが臨界点です。
でね、臨界点を突破すると、やっぱりその紙袋は破裂しちゃいます。
無数の小さな不満達が、一気に爆発して表面化するわけです。
他人の欠点、他人の問題点ばかりを指摘しあいます。
気のあうもの同士で派閥を作り、気に入らない相手のグループと対立します。
そのくせ同じ派閥内でも、様々な駆け引きが繰り返されます。
まさに修羅場です。
お互いが誉めあって、それだけで良好な雰囲気が続けられるような人間関係って、実は楽なんです。
嫌な部分に目を伏せていれば、一見穏やかに暮らせますから。
でも、そんな人間関係って底が浅いんです。
職場の人間関係って、しょせんビジネスの世界です。
誉めあってすむ世界じゃありません。
何かのきっかけで、必ずホコロビが出てきます。
確かに明るく楽しく、そして皆が前向きでいられる職場環境って、大切です。
でも、決してそれだけじゃなく、普段からシビアな一面も兼ね備えておくことが、企業には大切です。
相手を認めつつ、客観的な視点から問題点を指摘しあう態度。
それは決して不平や不満、非難や否定ではなく、「批判」です。
そんな側面を普段から持つことが、組織としては大切です。
ps:
昨晩、少し具合が悪かったんです。
で、私は深夜、なんかトイレの中で倒れてたみたいです。
トイレに行ってからおよそ10分ほどの間、全く記憶がありません。
気が付けば、目の前に便器です。
確かにお酒は入ってましたが、普段よりたいして飲んでないし。
まあ、少量でも調子の悪い時は避けるべきかもしれませんねぇ。
本日の私は相変わらず素敵なんですが、体調はイマイチ不調ですぜ。
post by ノリユキ at 13:43 | コメント・トラックバック(0)
2006年7月28日(金) [ 組織・リーダーシップ ]
intro:
天気予報によれば、長かった梅雨時期もようやく明けそう。
暑い夏の日々が、向こう側で顔を覗かせています。
とこが一流のワルで名の通った私は最近、あれほど好きだったガリガリ君ソーダー味を食べなくなりました。
別に嫌いになったわけじゃ、ありません。
私が大人になったんです。
我ながら、自分の成長した姿に惚れ惚れします。
そろそろ私も、一流のワルを卒業かな。
そんな予感すらします。
でも、今一番夢中なのは「ガツン、と(みかん)」って名前の、そんなイカしたアイスなんですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
今も昔も、部下に対して横暴な上司っています。
でも、昔に比べ確実に増えていると思えるのが、
叱れない上司。
部下を叱ることの出来ない上司が、増えているように感じます。
部下を叱れない上司って、別に性格が優しいわけじゃありません。
単に、部下の目を気にし過ぎでるだけです。
部下に嫌われたくない。
部下に良い上司だと思われたい。
そんな個人的な感情に支配されています。
まあ、上司が部下との人間関係を良好に保ちたいと思う気持ち、わからなくもありません。
でも、上司の仕事って、部下を指揮統率することで、組織の業務を全うすることです。
部下に嫌われない様に振舞うことは、仕事じゃじゃありません。
私は部下を持つ管理職の人たちに、いつも言います。
「上司として最低の行為は、部下に好かれようとすることだ」
ってね。
仕事であれば人が嫌がる事だってしなければいけませんし、上司なら部下にそれをさせる義務があります。
でも、部下に好かれようとする人は、部下の嫌がることはしません。
部下に嫌な仕事をさせる場合は、自分の責任回避ばかりが頭を占めます。
口にするのは、自分を保護する言葉ばっかり。
部下に嫌われたくない上司って、自分が部下からどう見られるかが最優先で、本来の仕事が常に後回しです。
ですからどう考えても、部下に好かれようとする上司って、組織としては無能な上司です。
いいですかい?
人を傷つけないことが、優しさではありません。
相手を傷つけられないのは、優しさではなく、単に自分の弱さです。
部下を叱れないのは、部下のためではなく、自分のためなんです。
だから、叱るべき時に部下を叱れない上司って、仕事もせずに部下をダシに使うのと一緒。
最低の上司です。
他人に向かって本気で腹を立てることの出来ない人間は、他人の幸せも本気で祝ってあげる事は出来ません。
部下を本気で叱れない人間は、部下と一緒に本気で喜んであげることだって出来ないんです。
叱ることも出来ない上司のその笑顔。
そんな微笑みはいつだって、作りモノの笑顔です。
post by ノリユキ at 12:59 | コメント・トラックバック(0)
2006年6月26日(月) [ 組織・リーダーシップ ]
intro:
ココだけの話ですが、私は今、重大な悩み事を抱えています。
うどんにするか、ソバにするか?
つまり私を悩ませているのは、これを書き終わった後「何を食べようか?」ということです。
事は重大です。
うどんにはうどんの利点があり、ソバにはソバの長所があります。
同じ様に、うどんにもソバにも短所があるはずです。
一流のワルで名の通った私は、獲物を狙うタカの様な眼差しで、静かにその結論を導き出します。
「そうだ!ソバ屋さんで、うどんを食べよう!」
“ブレイクスルー”とは、まさにこの事です。
今の私は、一方を捨てるわけでなく一挙両得の道を探り当てることに、成功した男の中の男です。
やはり、一流のワルに超えられない山はありませんでした。
でも、この後私が食べるのは、きっとラーメンだと思いますぜ。
最初っから、そう決めてました。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
ズボンを買いに私がお店に入ると、その売り場の前に立ったその瞬間、見つけた商品を手に取ります。
そしてサイズを確認し、試着室に入って店員さんに丈を合わせてもらうと、レジへと向かいます。
時間にして、3分もかかりません。
この買い物に付き合わされた友人は、私のことを「即決の人」と呼ぶ事になります。
私って、恐ろしく決断力に優れた人かもしれません。
ところが別の日、今度は私がシャツを買うのに付き合わされる羽目になった友人は、驚愕します。
1時間たっても、シャツを買えない私がいます。
店の中をウロウロし続け、終いには何も買わずに店を出てしまいます。
私って実は、「優柔不断の人」かもしれません。
即決で買い物をする私と、いつまでも決まらずにいる私。
どちらも正真正銘、私自身の行動です。
じゃあ、どうして決断できる時と、決断できない時があるんでしょう?
ま、簡単に言ってしまえば、私は服を買うのにいつも“決断”なんてしちゃいないんです。
即決で買い物をした時は、一目で気に入ったものが見つかった。
結局買うものが決まらなかった時は、探しても気に入ったものが見つからなかった。
単に、それだけです。
決断したり決断できなかったりじゃなくて、気に入ったものがあったか無かったかの差なんです。
AかBか?
それを決めるのに多くの場合、決断力のあるなしは関係ありません。
単純に、
「Aが凄い」と見た瞬間に一目惚れしたり、
「Bが欲しい」と最初から決まっていたり、
「Cしか見えない」くらいにお気に入りがある場合、
人は簡単に結論を出します。
つまり、どれか1つに決めたんじゃなくて、決める前からそれが欲しくなったんです。
AかBかを簡単に決められないとき。
それは、AもBもそれほど欲しくなかったり、もしくは両方欲しいけど両方は手に入れられない、って場合です。
つまり、欲しいものがないか、どちらも欲しい場合です。
ですから、優柔不断だって言われる人だって、前々から欲しいものがあれば、迷いはしません。
Aを一目で気に入ってしまえば、BもCもXもZもなく、ただひたすらAなんです。
人は“決断の時”に、滅多に巡り合うことはありません。
決断をしなきゃならないことって、ほとんどないんです。
ですから、「AかBか?」に迫られた場合、
「AもBもとらない」
という第3の選択肢も必ず入れておく必要があります。
つまり、“決断しない”という判断も、大切だということです。
もちろん、「AもBもとる」という方法もありますし、「AをA’に変形して選択する」という裏技だってあるはずです。
二者選択の罠に陥らない様にすることって、大切です。
最もアナタが恐れなきゃならないこと。
それは、この第3の選択肢をとることが不可能な状況に追い込まれることです。
つまり、「AかBか?」必ず選択しなきゃならない状況。
二者択一の状況に追い込まれた場合です。
買いたくもないシャツのAとBのどちらかを買わなければならない状況って、苦痛以外の何者でもありません。
で、二者択一の状況に追い込まれる人って、必ず追い込まれるまで何もしていません。
つまり、自らを決断に迫られる状況へと追い込んでるんです。
もっと前からアクションを起こしていれば、何も決断せずともスルーできたはずのことって、あるはずです。
買いたくもないシャツのAとBを買わなくても良い方法。
それは単に、あらかじめお気に入りのシャツを持っていることです。
いざと言うときに着ていくシャツがなくて慌ててしまう人って、今までシャツに無頓着だっただけの話です。
普段から服に興味のある人は、いざという時は店先で頭を悩ます必要などありません。
お気に入りのシャツを、その日着ていく。
ただ、それだけのことです。
ps:
それでは私はこれから、マクドナルドで100円マックを食べに行きます。
post by ノリユキ at 12:05 | コメント・トラックバック(0)
2006年6月23日(金) [ にんげん・こころ | 組織・リーダーシップ ]
intro:
私は先日、テーブルに置いてあったタコ焼き15個を全部1人で食べてしまい、知人に責められました。
「どうして、1人で全部食べるんだっ!?」って具合にね。
いつまでもグチグチと、責め続けられました。
「だったら、テーブルにタコ焼きを置くんじゃねぇよっ!」
もちろん一流のワルで名の通った私は、そんな風に恫喝してみせることも可能です。
でも私は単なるワルじゃ、ありません。
一流のワルです。
ですから私は、遠くの山を見つめるかのような眼差しで、そっとこう答えます。
「なぜなら、そこにタコ焼きがあるから」
その時の私は、まるで有名な登山家のようでした。
もちろん、「そこに山があるから」のパクリです。
ですからその知人は、きっと私の言葉に感動したはずです。
「私にとって、越えられない山はないのさ。 ┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・」
どうやら私には、知人を本気で怒らせる才能があるみたいですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
部下に対しても同僚や上司に対しても、“白か黒か”で判断する。
そんな人って結構います。
あの人は良い人。
あいつは嫌なヤツ。
彼は好き。
彼女は嫌い。
X君は優秀。
Y君は使えない。
人に対しても、最近は“AかBか”の二元的な見方しかしなくなった。
そんな気がします。
でも、「この人は優秀だ!」と思っても、ダメな部分だってあるはずです。
「コイツって、最低・・・」と思っても、評価できる部分もあるはずです。
部下を二元的にして捉えると、上手くマネジメントできなくなります。
竹を割ったように2元化して部下を評価すれば、どこかで「決め付け」が働き、的確な指示を出せません。
柔軟な対処が上司として出来なくなります。
そしてそれ以上に、自分が苦しみます。
自分や他人を二元的に捉えると、苦しむ事になるんです。
他人の嫌な部分が、どんどん大きく見えてきます。
自分の嫌な部分も、どんどん大きく見えてきます。
小さな出来事を拾い集めては、自分も他人も嫌いになっていきます。
そして的確な判断を下せなくなります。
自分の親の悪口って、いくらでも言えます。
でも、自分の親の悪口って、他人に言われたら腹が立つ。
親だけじゃなく、友達や恋人、配偶者だって同じことです。
その人の悪口って、自分では言っても良いけど、他人に言われたくはないんです。
人間って、そういうもんです。
それが人の持つ“情”です。
愛情、友情・・・
どれも正しい情です。
良い部分と悪い部分、そしてそのどちらでもない部分。
それが入り混じって、はじめて“人間”そのものです。
そのまんまの人間を、そのまんまに見ようとしなければ、相手の気持ちも理解できませんし、自分の気持ちも理解できません。
ps:
あー、腹減った。
post by ノリユキ at 14:21 | コメント・トラックバック(0)
2006年6月12日(月) [ にんげん・こころ | 組織・リーダーシップ ]
女性の能力を、上手く使いきれていない。
そんな会社って、結構あります。
地味に事務処理を続けている女性が、実は業務の要(かなめ)である。
そういう会社って、結構あるんです。
彼女がいなくなったら、確実に業務は滞る。
別の人間にやらせても、彼女の様に業務を捌けない。
でも、そんな会社の経営者や管理者は、そんな事実に気がつきません。
そして、そんな自分の実力に、彼女本人も気がついていません。
ですから雑用は、当然のごとく全て彼女にまかせっきりです。
こういう会社を見ると必ず私は、「彼女にもっと別の仕事をやらせたら、面白いと思うんだけどな」と思うわけです。
で、それとなく経営者や管理者に耳打ちしてみるんですが、私の思惑など実現したためしがありません。
要は、いまだ多くの会社では“女性の仕事”が決められているんです。
もちろん、男性に向いてる仕事、女性に向いてる仕事って、あります。
受付業務は男性よりも女性の方が適切ですし、力とスピードが必要な仕事は男性の方にやはり分があります。
でも、男女の性別に関係のない仕事に関しては、従来の慣習を捨てるべきシーンが、現代社会ではまだまだあるはずです。
多くの男性の欠点は、自分自身を過信することです。
根拠の無い自信と経験則を振り回します。
でも、そのくせ多くの男性って、臆病者です。
ですから、雑用仕事ばかりの女性社員に、可能性ある仕事を任せる発想も自信もありません。
多くの女性は、自分自身を過小評価しています。
根拠が無いのに、自分の無能さを振り回します。
ですから、多くの女性にとっての欠点は、自分の無能さではなく、自分の実力に気がつかないことです。
女性ってね、強いんです。
男なんかよりも、ずっと。
以前、「どうしようか迷ったんですが・・・」と言いながら、私に会いに来た女性がいます。
なかなか一歩を踏み出せない自分が嫌なんだそうです。
私に会うことも、躊躇ったそうです。
でも、そんな彼女は自分の強さに気が付いていない。
躊躇っていると言いつつ、現に彼女は私に会いにきました。
そして笑顔で帰っていきました。
「おかげで、一歩踏み出せそうです」
って言いながらね。
でもお気付きの通り、そんな彼女は実は私に会いに来る前から、一歩踏み出してます。
だって私は、彼女の話を聞いて私自身の話をしただけです。
彼女の背中を押した覚えは、1つもない。
ほとんどの男性って、迷っているうちは行動しません。
でも多くの女性って、迷いながらも歩き続けます。
多くの男性は、会社をリストラされると塞ぎこんで飲んだくれます。
不安と挫折に直面すると、簡単には立ち上がれません。
でも多くの女性って、会社をリストラされて飲んだくれてる旦那を横目に、家計のために働きます。わき目もふらずにね。
不安と挫折に直面すると、女性は立ち上がるんです。
でも、そんな自分自身に気がつかないのが、多くの女性の欠点です。
もちろん、人の能力って人それぞれです。
でも、いい加減、人それぞれが持っている能力に気がついてあげられる、そんな環境を会社は作っていくべきじゃないかと。
若ハゲのお兄ちゃんは、そう思いますぜ。
post by ノリユキ at 13:52 | コメント・トラックバック(0)
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