
自分の人生を、そしてビジネス・シーンを自由に駆け回っていくための、「こころ」と「あたま」と「おかね」の使い方。そんなお話でもして、カッコつけてみようかと。
2010年7月8日(木) [ にんげん・こころ ]
intro:
今更ながら、自分の愚かさに気がつくときがあります。
他人のためを思ってだとか、周りに気を使ってだとか、そんなつもりになっている自分。
でも気がつけば、自分のことばかり。
結局は、自分のことしか考えちゃいません。
弱さだな、こりゃ・・・って思います。
人としての弱さ、です。
皆さんが私のことをどう思っているかは知りませんが、私は人間として、それほど強い男ではありません。
自分の弱さが、嫌というほど目に付くこともあります。
しかし、強くありたい。
常にそう思い、日々を暮らしています。
ただ唯一の救いは、自分のことを弱い人間だと認められないほど、私は弱くないということ・・・
えー、お話の途中ではありますが、私の好感度もそろそろアップしたと思いますので、この辺でさっさと本題に進ませてもらいますぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
今日は「強さ」についてお話しますが、もちろん早々に、
「ワールドカップに便乗したネタじゃね?」
と気がついた方は、生温かい気持ちで見守ってくだされば、と思います。
モノゴトの勝負の結果は、勝ち負けで判定されます。
しかし、それはその時々における一時的な結果でしかありません。
100戦やって100勝する人や組織というのは、そうそういません。
昨日の勝者が、今日の敗者。
今日の敗者が、明日の勝者。
そんなことは、日常茶飯事で繰り返されます。
もちろん、強くても負けることはあるし、弱くても勝つことはあるわけです。
今回のワールドカップでも、強豪と言われるイタリアやフランスは、早々と予選で敗退してしまいました。
ところが、強いヤツが負けたからといって、強いヤツは「弱者」と呼ばれることはありません。
イタリアもフランスも弱いチームだなんて、誰も思っちゃいないでしょ。
強者は、立て続けに負けたとしても、強者のままです。
つまり、勝つことがイコール強者ではないということです。
では、「強さ」って、どんな意味を持つんでしょう?
勝った負けたは、一時的で相対的な判断です。
自分が勝てば相手は負け、相手が勝てば自分は負け。
その時その時に生まれる相手との比較の上で成立する一時的な判断です。
しかし、強いか弱いかは、総合的な判断です。
強豪国に勝った、しかし次は格下に負け、違う強豪国にも負けた・・・
そんな勝負の繰り返しだけでなく、技術面、体力面、精神面、作戦面、チーム力、サポート体制、環境など、様々なモノゴトを総合的に見ていきます。
つまり、その人やその組織が、全体の中でどの程度のレベルにあるのかで、強弱が判断されるわけです。
もちろん、周りとの比較だけで強弱が評価されるわけじゃありません。
今回のワールドカップで言えば、日本代表は出場国全体のレベルで見れば弱者チームなのかもしれません。
しかし、あの試合を見て、日本代表が弱いだなんて誰も思わないはずです。
確かに日本は強かった。
ということは、私達は、他者との比較ではなく、何か絶対的な部分によっても、強さ弱さを感じとるわけです。
つまり強さとは、連続的、総合的、全体的、そして絶対的なものということになります。
そして、勝負に挑もうとする人達は皆、その強さを手に入れようとします。
強くなろうとするわけです。
「将来、ボクはプロのサッカー選手になるんだっ!」
そう思った少年は、一所懸命サッカーが上手くなろうとします。
強いサッカー選手になろうとします。
「強くなりたい」
では、彼は一体何をするんでしょうか?
もちろん、練習をします。
サッカーの練習です。
技術的なこと、体力的なこと、そして精神的なこと。
心技体において、強くなろうと、この少年はトレーニングに励みます。
昨日の自分よりも今日の自分が、少しでも成長できる様に、
今日の自分より明日の自分が、1歩でも前に進んでいるために、
来る日も来る日も、基本に忠実にサッカーボールを蹴り続けます。
つまり、強くなるためにこの少年は、自分自身と向き合うわけです。
いつだって、戦う相手は自分自身です。
いつだって、乗り越えなきゃならない相手は自分自身です。
そうやって、この少年は強いサッカープレイヤーを目指していきます。
強くなるということは、自分自身と向き合うことです。
それに対し、勝負で勝とうとする場合は、ライバルの強みと弱みを研究して対策を練るなど、相手と向き合う要素が強くなります。
つまり、極論をすれば、
勝つことを望む場合は、相手と向き合い、
強くなることを望む場合は、自分自身と向き合う。
そういうことになります。
強くなろうとする人は、もちろん勝つことも望みますが、まずは自分自身ときちんと向き合い、今の自分よりも少しでも前に進もうとします。
昨日出来なかったことが、今日には出来るように。
今日出来なかったことが、明日には出来るように。
自分自身と向き合い、自分自身を乗り越えていく。
そう努めることが、
「強くなろう」
「強くあろう」
とすることなんです。
はい、おっしゃるとおり私は今、随分と当たり前の話をしています。
ところが残念なことに、大人になってしまうと、そんな当たり前のことをウッカリと忘れてしまいがちです。
大人になると、弱いくせに勝つことばかりを望むようになるんですよ。
そんなお話は、次回にでもまた。
ps:
ワールドカップの決勝はオランダ対スペインに決まった様です。
どちらが勝ってもどちらも強い。
良い試合を期待したいものです。
ちなみに今回お話したのは、戦うことにおいての強さです。
戦わずに受け入れるという強さも、時として必要です。
ですから私は、自分のハゲ頭を受け入れている時点で、史上最強です。
言ってる先から、涙が出てきましたぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
post by ノリユキ at 10:10 | コメント・トラックバック(0)
2010年6月29日(火) [ ワタクシゴト ]
体調が悪くなったりするのは相変わらずですが、昨日MRIの結果が出まして、はじめて椎間板ヘルニアだと診断されました。
過去に何度かMRI検査はしたことはあるのですが、今までは腰椎が結構綺麗に並んでたので、「ヘルニアです」なんて言われると、「歳かなあ」などとちょっぴり思ってみたりします。
でもまあ、何か起きたときに「原因不明」ばっかり言われるよりは逆に安心ですから、ある意味不幸中の幸いかと。
多くの場合、腰椎の4番とか5番あたりにヘルニアが出るらしいのですが、私の場合は腰椎2番だそうで。
で、2番の場合は痛みが背中側じゃなくて下肢の表側にも出るらしく、只今左足の付け根から下腹部にかけての筋肉が痙攣気味です。
ただ、ここ数日は椅子に座ってられるので、久しぶりにTwitterなんてやってみたり、今こうしてブログ更新してみたりしてます。
そろそろ、メルマガでも出そうかなあ・・・などと画策中。
ps:
そう言えば、椎間板ヘルニアの他に、腰椎4番と5番になんだか難しい名前の症状が出てるとも言われました。
さっき調べたんですが、多分「脊柱管狭窄症」だったかと。語感がそんな感じ。
post by ノリユキ at 13:49 | コメント・トラックバック(0)
2010年3月30日(火) [ あたま・ノウハウ | にんげん・こころ ]
intro:
随分とご無沙汰していましたが、皆さんいかがお過ごしでしたでしょうか?
私の方は、「もうメルマガ出すの辞めよう」なんて思いながらもメルマガを発行してみるという自己矛盾に酔いしれている真っ最中です。
(* ̄∇ ̄*)ゞ テヘッ♪
ところで、「批判」と「非難」は別物ですが、両者は混同されがちです。
そのため、「批判」のことを悪いイメージを持たれない様に、「クリティカル」と表現することが多々あるようです。
私の場合も、自分の広がり続けるオデコのことを「ハゲ」というと悪いイメージになりがちです。
そのため、その輝きを称して「クリスタル」と表現することが多々あります。
もちろんこの表現は、使う度にクリティカルなご意見が殺到しますぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
main:
以前から気になっていたんですが、
「他人の批判や非難をしてはいけない。そんなことをしている人は・・・」
といった感じの“批判”や“非難”を、良く見かけます。
他者を批判しちゃダメだと言いつつ、自らは他者を批判をしてるという自己矛盾。
まあ、言わんとすることは分からなくもありませんし、言いたくなる気持ちもわかります。
私だって他人から何か言われたら、
「人のことをとやかく言うヤツは、人間の存在価値すら疑うね。そんなヤツは消えてなくなってしまった方が、世の中のためなんじゃね?」
くらいのことを1日に30回、今後30年間に渡って言い続けるかもしれません。
ま、要するに人って弱いってことなんですかね。
自分にとって心地良いことは受け入れたがりますが、気分の良くないことは遠ざけようとする性質がある様です。
でも、それって気をつけないと。
目先の心地良さが自分を貶めることになり、逆に目先の不快感が後々の自分を助けることって、結構あるもんですから。
高い地位や大きな実績を持つと、その人の周りには賛同者や誉めてくれる人ばかりが集まるようになります。
先にも言った様に人は、自分に批判的な人は遠ざけ、賛同する人を周りに集めたがります。
実力者は、意図したつもりがなくとも、その様な人事配置をしてしまいがちです。
そうでなくとも、自分の存在が大きくなればなるほど、勝手に取り巻きが集まってきます。
取り巻きとまではいかなくとも、周りの人たちが実力者に対して嫌われないように振舞うのは当たり前のことです。
この様に、力を持てば持つほどその人の周りには、批判的な人がいなくなり、賛同する人ばかりになっていくわけです。
そして、その人は腐っていく・・・
自分の判断が、常に正しい人などいません。
だから、自分の至らなさや過ちを指摘する人がいなければ、誤った道に踏み込んでも、それに気づかぬままになりがちです。
それどころか、過ちを犯して批判が起きたとしても、周囲はその人の行為を肯定したりかばったりしますから、逆に
「やっぱり俺は、間違っていない」
という具合に、的外れな信念を強化してしまう結果となります。
批判から目を逸らしたり反発したい自分の心理も強化され、ますます自分の過ちを認められなくなってしまいます。
そして気がつけば、裸の王様。
遠くで笑われるならまだしも、後ろから蹴落とされたりするはめになります。
だから、批判のない環境というのは、とっても危険なんです。
批判することもされることも、私たちにとって嫌なことです。
でも、それって実は大切なことです。
嫌だけれども、大切なことなんです。
モノゴトを批判的に見ることで、次の行動は改善され、より良い結果を生み出すわけですから。
ただ、ここで注意しなくちゃいけないことがあります。
それは、批判だけで終わってちゃダメだってこと。
完璧なモノゴトなんて、この世の中にありはしないんですから、実行すれば必ずそこには矛盾や綻(ほころ)びが生じます。
ジレンマに見舞われたり、欠点を抱え込むことにもなります。
ですから、そこを突いて批判をするだけなら、誰だって出来ますし、これほど簡単なことはありません。
でも、それだけで終わってしまったら、自分自身はなーんにも変わらない。
批判の矛先を他人に向けるだけなら、それは単なる憂さ晴らしか人気取りでしかありません。
だから、忘れちゃいけないのは、「批判とは自分自身のためにある」ということです。
自分が今よりもう1歩前に進むために、批判的精神は必要だということです。
自分がしたことであれ、他人がしたことであれ、その批判の先は、他人ではなく自分に向けていくことが大切です。
他人の振り見て我が振り直すとは、このことを言うんですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
ps:
ただ、同じ批判でも、方法論としてやって良いことと悪いことがあります。
話すと長くなるので割愛しますが。
ちなみに今、「話すと長くなるので割愛します」と言いましたが、
「本当は『話すのが面倒なので省いちゃいます』なんだろ?」
と思った方、いますか?
正解ですぜ。
┐(  ̄ー ̄)┌ フッ・・・
post by ノリユキ at 9:46 | コメント・トラックバック(3)
2010年1月4日(月) [ ワタクシゴト ]
新年、もうとっくに明けてしまいましたが、おめでとうございます。
久しぶりの更新です。
実は昨年末、「いい加減この裸足のリーダーも更新した方が良いかな」と思っていたのですが、クリスマスイブにいきなり妻が入院してしまうというハプニングに見舞われ、バタバタとしている間にいつの間にか年が明けてしまいました。
そのため、このブログも今になってようやく更新にこぎつけたという有様です。
はい。もちろん、妻の入院は事実ですが、そのせいで更新できなかったというのは真っ赤なウソです。
単に面倒臭くて更新しなかっただけです。
妻の入院を、絶好の言い訳として使わせていただきました。
薄々勘付いていた方、ご名答です。
新年早々、おめでとうございます。
さて、肝心の妻ですが、入院当初は少なくとも2週間は退院できないとお医者さんから言われていたのですが、入院後の経過も良く、また妻が先生に駄々をこねまくったおかげで、年末に無事退院することができました。
今はもうほとんど元気で、入院している間にいくらか痩せた妻は、「入院ダイエット!」と称して今現在大喜びしている真っ最中です。
ですから、新年早々若干調子に乗り気味の妻に対して、夫である私は気を引き締めてもらう意味を込めて、リバウンドの可能性をほのめかしておいてやりました。クックック・・・
ということで、まあ何だかんだ言いつつ、私は無事に年を越しております、というご報告でした。
今年もよろしくお願いします。
post by ノリユキ at 16:08 | コメント・トラックバック(0)
2009年9月3日(木) [ お知らせ ]
さて、今日からしばらくの間、裸足のリーダーはお休みします。
恐らく1ヶ月程度だと思いますが、一端休んでみてから続けるかどうかを決めるつもり。
歳を重ねると、糊代の部分も考えなくちゃいけないですから。
で、糊代から裸足のリーダーがはみ出す様なら辞めるつもり。
と言っても、良く考えたらこの裸足のリーダーって、平気で1、2ヶ月は予告なしで休んだりするから、あんま変わらないか。
ps:
ちなみに、ぴよプロジェクトはそのまま継続中です。
post by ノリユキ at 11:34 | コメント・トラックバック(0)
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